The Not-so-lazy One

「うぅ…。」


 エイキは泣いていた。

 あれからさほど時間は経っていない。

 そして、その心の傷も癒えていない。


 ずっと彼は泣いている。

 そんな彼の傍に、1人の人間が立っていた。


「…おい、大丈夫か?」


「…え?」


 顔を上げた彼の目の前で、色白の男がこちらを覗き込んでいた。


「うわぁっ!?」


 その男は白髪で、頭蓋骨を模したフードを被っていた。左目だけ眼球が青く、左右それぞれの目から左右それぞれの耳を通るように黒い円が刻まれていた。服装は青いジャケットと黒の短パンといった物だ。


「おいおい、そんなに驚かなくてもいいだろ。」


 その男は口角を上げ、ジャケットのポケットに手を突っ込んだままそう言った。


(この人…この施設の関係者…?)


「え…あ…やめて…」


「…俺は何もしない、だから、あー…。安心しな?」


 男は表情を変えずに話す。

 関係者かと思い不安になったエイキだったが、男の一言で安心して、また泣き出してしまった。


「うぅ…。」


「…まずは1回落ち着け。な?俺もお前さんも、このままじゃ何も出来ない、だろ?」




 ………



「…すいません、ありがとうございます。」


「なに、気にする事でも無いさ。」


 少し経ち、彼も落ち着いてきたようだ。


「さて、自己紹介が遅れたな。俺はS…スカル、人間のスカルだ。」


「変わった名前ですね…。僕はエイキって言います。スカルさんはどうしてここに来たんですか?」


「あー…。俺は近くを通ったら銃声みたいな変な音が聞こえたから来ただけだ。」


 銃音。

 何かを傷つける時に響く音。


「…。」


「あー、そんな気にする事無いんじゃないか?お前さん、そんな理由もなく人殺す奴じゃ無いだろ?」


「…でも、人を殺しちゃったのに」

「誰も見てないだろ?」


「…え?」


「そう、誰も見てない。それに、この研究所からの報告をするBotみたいな機構でも作れば、お前さんのしたことは隠蔽できる。それで時間を稼いで、何とか逃げればいいんじゃないか?」


 犯罪行為。

 それに手を染め、逃げ道を探せと彼は言っている。


「そんなことしたら、この国ではもう生きていけないですよ…?」


「なら、国外にでも逃げればいいじゃないか。お前さん1人では無理でも、俺が手伝うぜ。」


 すごく良くしてくれる。

 しかし、ここまで来ると謎が出てくる。


「…どうして、そこまでしてくれるんですか?」


「あー…。お前さんが…そうだな、昔の知り合いに似てて、放っておけないんだ。迷惑か?」


「いえ、迷惑じゃないですけど…。」


 そんなことで、と彼が続けようとするのを遮り、スカルは言う。


「あの知り合いは酷い目に遭ったからな。お前さんみたいな子供には、そんな最悪な目に遭ってもらいたくないんだ。あー…。これはただのお節介だ。嫌なら嫌って言ってくれよ?」


「…嫌じゃないです。スカルさん、優しいんですね。」


「heh...俺が本当に優しかったら、今頃俺はここに居ないかもな。」


「…えっと、どういう事ですか?」


「…いや、気にしないでくれ。話す時が来たら話すから、今は触れないでくれ。」


 そう言うと、スカルはエイキに手を差し伸べた。


「もうここは出た方がいいだろ。家まで送ってやろうか?」


「いいんですか?ありがとうございます…。」


 そう言うと、エイキはスカルの手を掴んで、立ち上がった。


「さて、近道を知ってるんだ。そこを通るぞ。」


「近道ですか?」


「ああ。近道だ。」


 そう言うと、手を繋いだままスカルは歩き始めた。

 エイキは流されるようについて歩く。


(こんな小さな研究所一つに近道?)


「…えっと、スカルさんはここの関係者ですか?」


「いや、俺はただの一般人だぜ?」


「…?」


「おっと、手は掴んどけよ。迷いやすいからな。」


「…???」


(この狭さで迷う…?)


 スカルは『研究員室』と書かれた部屋のドアを開け、そこに入った。

 エイキも同じく手を繋いだままそこに入った。


 扉をくぐると、出た所は外だった。


「…え?」


「な、近道だったろ?」


 エイキが後ろを見ても、そこには研究所入口の扉があるだけだった。

 それを開こうとしても、鍵が掛かっていて開かなかった。


「ええ?」


「ほら、早く来な、お前さん。」


(どういう事…?)


 スカルはエイキには理解できないことをやってのけた。

 最も、ことも十分理解できないことなのだが…。


「そういえば、お前さんの家はどこなんだ?」


「中国地方で一人暮らしだったんですけど…。ここ、随分と寒いですよね…。九月ですよ?」


 それを聞くと、スカルは少し驚いたような顔をした。


「あー…。お前さん、家にはどうしても帰りたい理由とかあるか?」


「…?それはどういう」

「ここは東北地方だ。正直お前さんを家に返すのはどうしてもが折れる。」


「えっ…。」


 エイキは困惑した。


(帰れない?家も無い?)


「いや、お前さんさえ良ければ俺の家でいいかと思ったんだが…。」


「えっ?」


「悪いとか思う必要は無いぞ?ただのお節介だからな。」


「でも、スカルさん、生活は大丈夫なんですか?1人増えるのって結構違うと思うんですけど…。」


「そんな不安定だったらこの提案も出来ないだろ?」


 スカルはウィンクをしながら答える。


「…本当にいいんですか?」


 こうは言っても、エイキはまだ完全にスカルを信用し切ってはいなかった。

 それは仕草にも出てしまっていたようだ。


「いいんだ。まぁ、信用出来ないのは分かるが、お前さんが生きていける道も簡単には見つからんだろ?」


「…。」


 エイキは言葉が出なかった。


(その通りだよ…。どうすればいいのかな…。)


「だったら、それが見つかるまで俺の家で暮らせばいい。嫌ならいつでも出ていっていい。だから、俺の家に来ないか?多分、今一番お前さんの事を理解できるのは俺だ。」


 もうここまで言われれば、自分が折れるしか無いと理解したのだろう。


「…そこまで言うなら、お世話になってもいいですか?」


 エイキの答えはイエスだ。


「大歓迎だ。お前さんには間違った道には進ませないからな。」


 そう言ったスカルは少し悲しそうな顔をしていた。


「...heh」


 その笑いからは、まるで何かを嘲笑っているような感じがした。

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