The Bloody Vengeance

  九月十五日

 今日も変わらなかった。

 暴力を振るわれ、耐えるだけだった。

 ケイさんにはたくさん心配を掛けてしまっている。

 でも大丈夫。

 いつかきっと終わってくれる。

 決意を保ってその時を待てばいい。

 決意していれば大丈夫。

 きっとそうだ。


 今日初めて『フレンズの特徴』が出た。

 自然治癒力を上げるために『野性解放』とやらをしているらしい。

 これで多少は研究が進むと嬉しい。


「…っと。こんなもんか…。」


 エイキは日記をつけていた。


(いつか終わるはず…。)


 彼はこの状況でもなんとか希望を取り戻してきていた。


(決意を抱き続けろ…!きっと、いつかどうにかなる…!)


 辛そうだが、なんとか耐えている。

 そんなギリギリの彼の頭には、獣の耳が生えていた。

 深い紺色の毛色をしたその耳は、タイリクオオカミの物らしい。

 どういう訳か、ズボンを透過して尻尾も生えている。


(そういえば、タイリクオオカミかぁ。他の狼との差もよく知らないな…。勉強しないとなぁ…。)


 考え事をしている彼の耳に、不意に会話が入ってきた。


「どういう事だ!」


(今のは…ケイさん?)


「言っただろ…。殺すんだよ。」


「…ッ!?」


 ユウトは息を呑んだ。


(殺す…って言ったのか?声的には…あのスーツの人か?)


「いきなりすぎるだろう…!何故殺すんだ!?」


「実験の一環だ。どの程度で死ぬのか、暴走した時には大事だろ?」


(えっ…。まさか、僕は殺される…?)


「我々が勝手に連れ去ってきて、それは無いだろう!」


「お前がなんと言おうが、ここでは合法だ。止めることは出来ない。それにこれは上からの指示でもある。」


「貴様ッ…。」


(…もう、死ぬのかな?…もっと、生きてたかったなぁ…。)


 彼は諦めていた。

 自分の考えていた終わりではなく、もっと別の終わりが目の前に来ている。


「…ぁ」


 それは彼を絶望の底に突き落とし、彼の夢を消し去るのに十分な物であった。


「うぅ…。」


 彼は泣いた。

 もう自分が生きられず、嬲り殺しにされるであろう事実に恐怖し、それが止められなくなった。


 そんな彼の泣き声と嗚咽の間に、ケイの声が聞こえた。


「…ならば、私にも考えがある。」


(…?)


「今までの貴様の犯罪行為、全て証拠と共に世間へと流させてもらう。」


(…!)


「なッ!?お前、報告は俺に一任するって言ってただろ!」


「もう見ていられるか!やりたくもない実験に付き合わされている彼の気持ちが、貴様に分かるか!」


「くっ…。お前、そんな感情論で「それを貴様が言うか、この犯罪者がッ!」っ…。」


(あぁ…ケイさんは諦めてないのか…。)


 ケイからは全く諦めた様子が感じられない。


(僕が諦めちゃいけないよね…!)


 彼は頑張っているケイの姿を思い浮かべると、決意で満たされた。


「…そうだ。」


 ぽつりと、スーツの男が呟いた。


「何だ今度は…ぐっ!?」


 ビチャッ

 液体の飛び散る音。


(何だ…?何が起きてる…?液体…。)


「…これは全部暴走したアイツのせいだ!」

「ぐあッ!」

 ビチャッ!


(この声…まさか…。)


「…アイツが暴走して近くに居たお前は不幸にも死亡!」

「ぅぐッ!」

 ビチャッ


(血か…?でも、どうやって…。)


「鎮圧時に銃を使ってアイツも死亡!」

「がっ…」

 ベチャ


(…あのスーツの人が、ケイさんを…?)


「そうして生き残ったのは俺だけになりましたとさ!」

「うっ…」

 ガハッ!

 ベチャッ!


 ドサッ


(ケイさん!?)


 彼はやっと今起きている事を理解した。


 しかし、その頃にはもう全てが手遅れであった。


「ぐっ…。やって、くれたな…。」


「…はッ、もうどうしようも無いだろ!ざまぁみやがれ!」


「あ…。」


 彼は全てを察した。

 何が起きたのか。


 自分が存在したせいで、誰かが犠牲になったこと。


 それは、とても大事な人だということ。


「ぁ…」


 罪悪感。

 なぜ自分が存在してしまったのか。


「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」


 その言葉は誰にも届かない。


 だが、不意に言葉が聞こえた。


「い…きてくれ…えいき…」


「あぁ?」


「こんなやつに…やられる…なんて…だめだ…」


「チッ!早く死ねよ!」

「ぐぅ…ほら、このていどだ…こいつなんか、よりも…きみのほうが…つよいから…はは…きこえてない…だろうけど…とどいてくれ…」


(…ケイさん。)


「…たのんだ、ぞ…。」


「ぁ…。」


「ハッ!やっと死んだか!」


 ケイが死んだかもしれない。

 実際に見たわけでは無いが、音だけで分かってしまう。


 しかし、彼には別の感情が湧いてきていた。

 どんどん溢れ出るその感情は、恐怖ではない。

 悲しみでもない。

 狂気でもない。


 それは怒り。

 それは正義。

 そして、それは強い決意。


(考えろ…誰のせいだ…?)


(本当に僕か?これは、あのスーツの奴が悪いんじゃないのか?)


(…最初からそんな人間だってこと分かってたんだ。でも、信じてた僕がバカだったんだ。)


(…後悔は今は何も生まない。まずは…)


(奴に復讐Vengeanceを。)


 彼は今、とても怒っている。

 親しかった者を殺した者に。

 彼は今、正義で満たされている。

 その犯罪者を裁くために。


 彼は今、強く決意している。


 そいつに、罰を与え、復讐を果たすために。


 トン…トン…トン…


 足音が近付いてくる。


 ガチャッ


 扉の鍵を開ける音が聞こえる。


 ギィィィィ…


 その金属の扉が、開かれる。


 そこに、そいつは居た。


 復讐の相手。


「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


「なッ!」


 彼は叫びながらそいつに突っ込んでいき、そこで彼は理性を手放した。





 ………





「…あれ?」


 次に彼が理性を取り戻した時、既に全ては終わっていた。


 左手の黄色に光るリボルバー。

 右手の鋭い爪の血。

 そして、目の前にあるそいつだったものに付いた銃創と切り傷。


 それを見て、彼は自分のしたことを理解した。


「あ…。」


「うわぁぁぁぁぁッ!」


 鮮明に覚えている肉を裂く感覚。

 他人の命を奪う感覚。


 彼は再び、罪悪感で満たされた。


「あぁ…ごめんなさい…ごめんなさい…」


 涙を流して謝るが、その言葉を聞く者は誰も居ない。


 彼の涙と嗚咽は、誰にも届くこと無く消えていった…。

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