第2話 勘のいい友人(1)

 パソコンのゲーム画面上には魔女の館から脱出した金髪の少女が銃を持った――おそらく猟師という設定であろう父と再会する場面が映し出されていた。彼女の父親は帰りが遅いから心配して森の中を探していたという旨の話をするテキストが表示される。


 しかしそこへ魔女が現れた。館に主人公である金髪の少女を閉じ込めていた魔女である。


 紫色の髪の魔女が這いつくばりながら主人公である金髪の少女に迫る。デフォルメのドットなのでわかりづらいが、魔女には引きちぎられているのか足がなく、腕で文字通り這いつくばりながら主人公に迫っていた。魔女が這いつくばった後には血の跡ができていく。また魔女のその眼に瞳はなく暗闇があるのみで、そこから両目ともに血が滴っていた。実際どうであるかはわからないがテキストと共に表示されているキャラ絵の魔女のその目は繰り抜かれてでもいるかのように久志には見えた。


 魔女は金髪の少女へ襲いかかろうと迫っていく。少女の父親は彼女を守るため、下がれと言い、彼女をその背に隠す。そして魔女を持っていた猟銃で射殺した……。


「もうトゥルーエンドまで回収しているところかな?」 


「いや。トゥルーに必須なアイテムを取れなかったからノーマルエンドさ」


 パソコンの前に座り、久志が部屋に入り声を掛けてもゲーム画面を見つめたままの同級生――赤井達也(あかいたつや)は答える。


「ハッピーエンドな感じなのにかい?」


 魔女は死に、父親は主人公の少女に家に帰ろうと言い、彼女もそれに頷く。そしてスタッフロールが流れ出し、エンディング画面になった。それは脱出系のフリーホラーゲームのハッピーエンドのお決まりの展開のように久志には見えた。多くのフリーホラーゲームはエンディングが大きく分けて三つ――トゥルーエンド、ノーマルエンド、バッドエンドにアイテムやイベント等のフラグ回収の度合いによって分岐するのだと、実際にプレイしたことはないものの久志は達也から聞いて知っていた。


「この場面だけ見るとな。他のフリーホラーだったら確かにお前の言う通りこれがトゥルーエンドだっただろうさ。けどこのゲームは違うんだよ」


 と達也は答えた。


「ということはノーマルエンドなのかな? ハッピーエンドっぽいからバッドエンドではなさそうだけれど。もっと良いエンドがあるってことなのかい?」


 基本的に一番ハッピーなエンドがトゥルーエンドに設定されているはずだ。達也のプレイ画面を幾度となく久志は見てきたので間違いない。


「まあお前が言う通り、このエンドはノーマルエンドさ。そしてこのゲームのトゥルーエンドはもっと良いエンドというよりかはトゥルーエンドっていうその名称そのものなんだよ。ネタバレになるから詳しくは話さねーが。気になるなら、自分でプレイして見てくれ」


 言葉を濁すような物言いをする達也。彼はどうやらトゥルーエンドも見たことがあるようだ。そしてそれはどうやら奥が深いもののようで、またトゥルーエンドまで回収しているにも関わらず今もまたプレイしているということは彼のこのゲームに対する評価も高いようだ。


「それでお前は一体何しに来たんだよ」


 トップ画面に戻ったところで達也はようやく自身の椅子を回し振り返り、久志に問いかけてきた。


「飛び降り自殺したっていう永倉の件か?」


「おや? 勘が鋭いね」


「普通に考えて何の用もなしに臨時休校で自宅待機を命じられてるのに、何の用もなしに俺の家までわざわざ来たりしないだろう」


「純粋に君に会いたくなったっていう可能性は考えないのかい?」


「俺は男だぞ。そういうのは女子にだけ言え! キモいわ」


 鳥肌が立つとでも言いたげな素振りを達也は見せた。彼のそんな反応は面白く、つい久志は事ある毎にからかってしまう。


「それで、永倉の件がどうかしたのか?」


「君も知っていると思うけど、彼女は屋上から飛び降りて中庭に落ちて死んだ。屋上にはプールもあるけれど普段は立ち入り禁止だし、屋上への扉には常に鍵がかかっていて、誰も近づかない。だから永倉さんは自殺したって言われている。君はそれに対してどう思う?」


「どうって、お前の言う通りだろう」


「君なら他に何か気づく点があるんじゃないかって思ったんだけど」


 達也はこういった事件に関して小説の中の探偵であるかのように勘が鋭い。久志の下駄箱の中に捨てられていたハムスターを巡る騒動の時の彼の推理はそれは鮮やかだった。


「……屋上の鍵は職員室にあるだろう。他の教室の鍵とかと同じく、職員室に入ってすぐのところの壁に鍵専用のスペースがあって、そこに個別にフックで吊されていて誰でも取りに行くことができる。水泳部がプールを使用している時期なんかは、顧問の先生が屋上の鍵の開け閉めを行っていて、けどわりといい加減で開けっぱなしになってることもあるみたいだが、今はまだ四月だ。だから水泳部の奴らやその顧問が屋上に近づくことも、鍵なしに屋上に侵入することも不可能だ。それに屋上の鍵は永倉のスカートのポケットから見つかったんだろう? 永倉が職員室に屋上の鍵を取りに行って屋上の鍵を開け、飛び降りたって考えるのが自然だろう」


「誰かが永倉さんのポケットに何らかの方法で鍵を入れて、屋上から突き落としたかもしれないとかそういう可能性は考えないのかい?」


 自殺に見せかけた殺人なんていうのはミステリーでの定番だ。現実もそれと同様かはわからないが、考えるべきなのかもしれないと久志は思っていた。


「そもそもだ。お前、うちの学校の屋上を思い出してみろよ。屋上には誤って転落しないように三メートルぐらいのフェンスがあるだろうが。気軽に人を突き落とせるような作りにはなってねーよ。頑張ってフェンスをよじ登って飛び越えようとしない限り、そもそも転落すること自体不可能だ」


「そこを何らかの方法を用いて永倉さんにフェンスを跳び越えさせたっていう可能性とかはないのかい?」


 久志は訊く。ミステリーでは自殺に見せかけるトリックとかがあったりするものだ。


「何らかの方法って何だよ」


「それは僕の想像には及ばないけれど、何かトリックとかを使って自殺に見せかけて誰かが殺したとか。君ならわかるかもしれないと思ったんだけど」


「永倉の死因は転落死だぞ。まずどうやって永倉にフェンスを越えさせるんだよ。フェンスをよじ登るだけで骨が折れるだろうが。普通の人間だったらまずそんな面倒くさいことには応じないぞ」


「それは何らかの方法で飛び越えさせたとか。または飛び越えざる得ない状況だったとか」


「お前はそんなに永倉の死を他殺にしたいのかよ」


「別に自殺でも構わないけど、永倉さんは自殺するような人には見えなかったから。クラスメイト達もみんな、どうして自殺したんだろう? って首を捻ってるよ。理由もないのに人は自ら死んだりしないだろう?」


「確かに飛び降りが自然な死に方だとは思わねーけどな。屋上には三メートル近いフェンスも張られているし、誤って転落しようがない」


 渋い顔で達也は言う。


「それで、結局のところお前は永倉がなぜ飛び降り自殺したのか知りたいって言うのか?」


「それは当然だろう。だって永倉さんは僕の恋人だったんだから」


「お前、永倉とも付き合ってたのか!?」


 達也は驚きの声を上げる。久志と喜美枝が付き合っていたこと自体知らなかったようだ。もっとも、久志もいちいち達也に誰と付き合い始めたかを報告したりはしていなかったが。


「おい、礼香ちゃんとやらはどうしたんだよ」


「それは去年の秋までの話かな」


「永倉と付き合い始めたのは?」


「十二月だったからギリギリ去年の冬かな」


「お前女子を取っ替え引っ替えし過ぎてないか? 今まで何人と付き合ってきたんだよ!?」


「えっと……」


 達也に訊かれ一人、二人、三人……と久志は指を折りながら記憶を辿り数えてみる。


「覚えてないのかよ!? というか片手で数えられないってどういうことだよ。中学入ってから無双し過ぎだろ!?」


 左手の指を折り終え右手の指を折り数え続けたところで達也にツッコまれた。


「そうなのかな?」


「普通の男子中学生はモテたとしても交際人数が五人を超えたりしないと思うぞ、さすがに。チャラ男め! たくさんの女の子と付き合いたいとかそういうやつなのか!?」 


「別にたくさんの女の子と付き合いたいと思ってるわけではないけど、長く続かないからかな?」


 若干引きつつも憤慨する達也に久志は答える。たくさんの女の子と付き合ってきたという自覚はあまりなかったため、自然と疑問形になった。


 異性に好かれること自体は、久志にとってとても心地の良いものだった。自分という人間が認められているのだ。しかし一対一で特定の相手と長く付き合うのは、どうにも苦手なことだった。どこかしらで、ボロが出ているのだろう。努力はするものの、長続きしなかった。


「君は今まで何人ぐらいと付き合ってきたんだい?」


「非リアの俺に喧嘩売ってんのか?」


「……君の方が性格はいいのにね」


 ジト目で睨んでくる達也に、久志は肩をすくめる。達也の方が久志よりも遥かに人は良い。本心から久志はそう考えていた。


「へーへー、リア充様の嫌味かよ」


「今はフリーだよ」


「お前の場合、彼女の有無は関係ない! というかそんなに彼女を取っ替え引っ替えしてるといつか刺されるぞ」


「一応今まで円満には別れてきているから大丈夫だと思うけど、外聞は良くないし、気をつけるよ」


「お前は少しは付き合ってきた女の子達の気持ちを考えてあげるべきだぞ」


 笑顔で、爽やかですらある受け答えをする久志に達也は呆れたような表情を浮かべた。


「僕に好意を持ってきたのは彼女達だよ? 彼女達が僕を選んだんだ」


「だからと言ってどう扱ってもいいといことにはならないと思うぞ」


「気持ちを考えると言ってもさ、どういう行動を取ったらそういうことになるのかな? 最初から付き合わずに振るとか? でも今まで付き合った女の子に対しては、僕も少なからず良いかなとは思っていたんだよ。彼女達と温度差はあったかもしれないけど」


 苦笑しながら久志は思う。一人だけ――永倉喜美枝だけは例外だったと。


「本当に好きになった女の子とだけ付き合うとかさ。すぐ別れる、すぐ新しい彼女を作るっていうのは付き合っていた相手に対して配慮が欠けていると思うぞ。彼女達もその友達とかも良い気がしないだろうしよ」


「良いなと思ったから付き合う。合わなかったから別れる。別れたから新しい相手を探す。僕のことを好いてくれている女の子がいた。僕も悪くないと思っている。だからまた付き合う。その繰り返しで、合わなくて別れたて恋人という関係を解消しているんだから、新しい相手を探す権利は僕にも彼女達にもあるだろう。合わなかった相手にいつまでも縛られている必要はないし、そこに対する配慮だとか他人が何を感じるのか、僕にはさっぱりだ」


「お前が他人に共感できないというのはよく知っているがな。一般的に好きで付き合っていた相手が自分と別れた後すぐに別の恋人を作るのをあまり良くは思わないぞ。自分はこれっぽっちも想われていなかったんだなってな。いずれ彼女らも別の相手と付き合うことになるとしてもだ。他の人間から見ても、こいつは相手を大切にしない奴だってなるしな。相手が傷つくかもしれないという事実だけでも心に留めて慎むべきだと俺は思うぞ」


 真面目な面持ちで達也は言った。


 赤井達也は知っている。久志には他人への共感性が欠如していることを。


 それでも彼は久志から離れず、こうした会話にも付き合ってくれる。達也は出会った当初からずっとそうだった。

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