第62話 ホワイトデー

 「む、むむ」

教科書とみつめあうこと数分。あっれれー。こことか、そことか、先生が授業で教えてくれた記憶はある。それなのに、いざ、問題を解こうとすると、ペンが止まってしまう。

「さっぱりわかんないや」


 あー、もう、降参だ。そういえば、今日は漫画の最新刊の発売日だった。今から本屋に買いに行こうかな。って、いやいやいやいや。さすがに、私、グータラすぎない? こんなんじゃ、お兄ちゃんと楽しいホワイトデーが過ごせないよ! それに、期末テストで赤点をとると、春休みに補習がある。いやだ、それだけは何としてでも避けたい。


 そうだ。お兄ちゃんから貸して貰った参考書を読もう。おお、教科書よりも分かりやすい。本当は、もっとテスト前から予習復習だけじゃなくて、プラスアルファで勉強した方がいいのはわかってるんだけど。夢とか特にない私は、勉強に対するモチベーションが低いんだよね。


 まあ、でも、そうはいってもテストはやってくるので、頑張らなきゃ。


 お兄ちゃんの参考書を使って勉強し、赤点は回避することができた。




 さて、今日は待ちにまったホワイトデー。イヤリングと、お兄ちゃんから貰ったネックレス、それに、彩月ちゃんから貰った練り香水をつける。うん、おかしいところはないかな。


 「朱里、準備できた?」

「うん、できたよ」

扉をあけて、お兄ちゃんに笑う。すると、お兄ちゃんは、私から目をそらした。

「お兄ちゃん……?」

「朱里、もしかして、今日も香水つけてる?」

「? うん」

そういえば、お正月の時にも練り香水をつけてみたんだけど、お兄ちゃんは何もいってくれなかったんだよね。もしかして、嫌いな香りだったかな。どうしよう、と暗い気分になっていると、お兄ちゃんは慌てて首を振った。


 「違うよ、いい香りだと思う。ただ、つけるのは僕と出掛けるときだけにしてね」

「うん。お兄ちゃんと出かけるときしかつけないよ。でも、なんで?」

私が首をかしげると、お兄ちゃんは、照れ臭そうな顔をした。

「その、あまりにも朱里が魅力的になって、他の男にとられるんじゃないかって、気が気じゃなくなるから」


 「……わかった」

頷いた私の顔もきっと、お兄ちゃんと同じような顔をしているに違いない。お兄ちゃんは照れた空気を誤魔化すように咳払いをすると、手を繋いだ。


 「じゃあ、行こうか」

「うん!」



 遊園地は、ホワイトデー限定のショーをやっていたりして、とても華やかだ。私たちみたいなカップルも多い。絶叫系のライドに乗ったり、コーヒーカップみたいな穏やかなライドに乗ったり。


 「お兄ちゃん、これ、着けようよ」

私が笑いながら、キャラクターをモチーフにしたカチューシャを指差すと、お兄ちゃんは顔をひきつらせた。

「あ、朱里がつけなよ。朱里なら、すごく可愛いと思うから」

「ありがとう。うん、私も買おうと思ってるんだけど、お兄ちゃんも一緒につけよ?」


 絶対お兄ちゃんも可愛いと思う。遊園地以外でつけることはないだろうから、お金の無駄遣いと言われればそうなんだけど。でも、これを着けたお兄ちゃんがみたいな。私が、期待にこもった目で、お兄ちゃんを見るとお兄ちゃんは深くため息をついた。


 「……今日は、ホワイトデーだしね」

「うんうん」

「今日だけ、だからね」

「うん! ありがとう!!」

なんだかんだいって、お兄ちゃんは私のお願いに甘い。それに甘えている自覚はあるけれども。でも、お兄ちゃんとおそろいのもの何か着けたかったから、嬉しいな。


 カチューシャをつけて私が笑うと、お兄ちゃんも笑ってくれた。


 お昼ご飯をフードコートですませて、午後も楽しく回る。ショーを見たり、遊園地のキャラクターたちと写真を撮ったり、サインをもらったり。すごく、楽しい。


 そして、遊園地といえば、お化け屋敷だよね。去年彩月ちゃんたちと遊園地に行ったときは、お化け屋敷に行かなかったから、かなり久しぶりだ。


 はぐれないように、お兄ちゃんと手を繋いで、暗がりを進む。

「うわあぁ!」

私はびっくりして、何度も叫び声をあげてしまったんだけど、お兄ちゃんはそんな私を笑うだけで、全然怖がらなかった。お兄ちゃんの怖がる顔を見てみたかったから、残念だな。


 私がそういうと、お兄ちゃんは苦笑した。

「僕が、怖いもの……というか、怖いことは限られてるからね」

その限られてることって何だろう。

「それは、秘密。もし、口に出して、本当になったら嫌だから」

それもそうだよね。でも、やっぱりちょっとだけ気になるなぁ。


 そうこうしているうちに、すっかり夕方だ。

「あっ、お兄ちゃん、最後に観覧車乗りたい!」

私が観覧車を指差すと、お兄ちゃんは笑って頷いた。


 「いいよ、朱里は本当に観覧車が好きだね」

「うん」



 夕暮れに染まる世界を観覧車から一望する。私たちの家はあっちの方向だ。見えるかな? うーん、遠すぎてよくわかんないけど、楽しいな。もうすぐ、頂上につく、というときに、お兄ちゃんが鞄から何かを差し出した。


 「これは?」

「バレンタインデーのお返し」

「ありがとう」

お兄ちゃんから差し出された包みを受けとる。包みはやっぱり、可愛らしい小瓶に入った飴だった。瓶は、食べ終わったら小物入れにできるから、嬉しいな。


 「そういえば、なんで毎年飴なの?」

ずっと疑問に思っていたことを思いきってお兄ちゃんにぶつけてみる。

「やっぱり朱里、飴の意味を知らなかったんだね」

お兄ちゃんは、苦笑した。


 「飴の意味……?」

飴はカラフルで美味しいけれど、それがお兄ちゃんの言う意味ではないだろう。私が首をかしげると、お兄ちゃんは解説してくれた。


 「ホワイトデーのお返しに飴をあげるのにはね、」

お兄ちゃんが耳打ちする。


 「貴方が好きって言う意味があるんだよ」

「……え」

そうなの!? 全然知らなかった。ええと、じゃあ、少なくとも数年はお兄ちゃんは、こっそり私に好意を伝えてくれてたんだ。


 「大好きだよ、朱里。他の誰でもなく、朱里のことが」

そういって、お兄ちゃんは微笑む。


 もしかして、お兄ちゃん最近私が焦ってるの気づいてた? 私が驚いているとお兄ちゃんは、頷いた。

「わかるよ、ずっと、見てるから」

なんだ、そっか。愛梨ちゃんにお兄ちゃんをとられたくなくて、必死になってるのばれてたんだ。


 「疑わないで。僕は、朱里が好きだよ」

「うん。私も、お兄ちゃんのことが、大好き」

お兄ちゃんと見つめあって、笑う。お兄ちゃんの目には、私だけが映っていた。


 結局お互い見つめあうばかりで、外の景色をちっとも見てなかった。


 でも、とても素敵なホワイトデーを過ごすことができた。

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