第61話 とある1日

バレンタインデーの日以来、私とお兄ちゃんは、結婚を前提とした彼氏、彼女として付き合うことになった。それは、別にいい……どころか、とても嬉しいことなのだけれど。


 「……お兄ちゃん」

「うん? どうしたの、朱里」

付き合うことになった私たちは、以前のように登下校を共にするようになっていた。それも、別にいい……けど。けど!


 「この手は、何かな?」

私が尋ねるとお兄ちゃんは不思議そうに、首をかしげた。

「何って? 手を繋いでる以外に何かある?」

「いやいやいや、それが可笑しいんだよ! お兄ちゃん」

そう、お兄ちゃんは登下校の度に手を繋ごうとするのだ! これが、デートならいい。デートとはそういうカップルらしいこともするものだと思うから。でも、登下校は登下校だ。そんな、いちゃいちゃするようなものではないし、それをわざわざ人に見られるようなことをするものじゃないと思う。私がそう指摘すると、お兄ちゃんはじっとりとした目で、私を見た。


 「だって、こうしないと朱里に男がよってくるじゃないか」

「私はお兄ちゃんと違ってモテないから大丈夫だよ」

自分で言っていてなんだが、少し悲しくなった。


 「ほら、朱里は自覚がない。そーいうのが、一番たちが悪いんだよ。それに、僕は大好きな朱里と手が繋ぎたい。……だめ?」

うっ。あまりの甘さに、吐きそうになる。お兄ちゃんは、付き合うようになってからこうしてストレートに聞いたり、言ったりするようになった。どうやら、私はお兄ちゃんなりに好意をアピールしていたことに全く気づいていなかったようで、それなら言葉を惜しまないとお兄ちゃんは決意したらしい。



 それにしても好きな人に、そんな甘いこと言われて断れるはずないと思う。いや、でもTPOは弁えるべき……! さて、どうする。





 「おはよう、朱里ちゃん、優」

私たちの姿を見て、かけてきた冴木先輩が顔をひきつらせた。

「ええと、その……仲睦まじいようで何よりだよ」

結局、私の左手はがっちりお兄ちゃんの右手に握られている。冴木先輩は、生暖かいものを見るような目で私とお兄ちゃんをみていた。……私も冴木先輩の立場ならそうすると思う。


 と、そこで、たったった、という足音とともに、愛梨ちゃんが駆けてきた。直前で転んだ愛梨ちゃんは盛大にお兄ちゃんにぶつかりそうになったけれど、お兄ちゃんは華麗に避けた。


 「あいたたた、どうして、私を避けるんですか、小鳥遊先輩」

起き上がった愛梨ちゃんが、頬を膨らませる。対して、お兄ちゃんは冷静だ。

「普通、突進してきた人のことは避けると思うよ」

けれど、愛梨ちゃんはその言葉には答えず、


 「ふーん、手でも繋いでらぶらぶアピールですか。でも、知ってますか? 人前でそーいうことするカップルほど、別れやすいんですから! 私、諦めませんから! 小鳥遊先輩のこと」

そういって、私を睨み付けた。でも、私も負けない。


 「私だって、愛梨ちゃんにお兄ちゃんを譲るつもりはないもん」

ばちばちと火花が飛び散る。


「ちょっと、優、止めなよ。俺、また最近胃の調子が最近悪いんだけど」

「なんで? せっかく朱里が独占欲を見せてくれたのに?」

「なに言ってる意味わかんない、みたいな顔してるんだよ!」


 お兄ちゃんと冴木先輩が何やらこそこそと話している間に、ホームルーム開始前のチャイムが鳴ったので、愛梨ちゃんとのにらみ合いを切り上げて、学校内に入った。

「おはよう、朱里」

「おはよう、彩月ちゃん」

教室に入ると、彩月ちゃんがひらひらと手を振っていた。私も、彩月ちゃんに手を振り返すと、彩月ちゃんは笑った。


 「今日も、先輩とラブラブだったね」

彩月ちゃんが窓を指差す。どうやら、見られていたみたいだ。

「……うん、まぁ」

ほんとは、学校まで手を繋ぐのは、嬉しいけれど恥ずかしくもあり。でも、結局繋いでしまうのは、お兄ちゃんのことが大好きなのと、愛梨ちゃんに負けたくない思いもあった。愛梨ちゃんはやっぱり、ヒロインらしく、私たちが付き合い始めても、さっきのよように諦めない、と宣言されたのだ。


 正直いって、愛梨ちゃんはとても可愛いので、モテる。唯一の欠点としたら、少々ドジなところだけれど、男子から言わせれば、そんなところも可愛いらしい。物語は、二人が結ばれればハッピーエンドで終わるけれども、私の人生はお兄ちゃんと付き合いだしてからも続いていく。


 もちろん、もう愛梨ちゃんがヒロインだからと言って、お兄ちゃんを諦めることはしない。だけど、私が、焦っていることは、事実だった。


 「……朱里?」

下を向いた私に、心配そうに彩月ちゃんが声をかける。

「う、ううん! なんでもないよ」

「そう? そういえば、もうすぐ、ホワイトデーだね」

笑った彩月ちゃんの言葉にはっとする。ホワイトデー。バレンタインデーがあったんだから、いつかはやってくるよね。最近の生徒会は、予算を組むのに忙しいからすっかり忘れていた。


 「ホワイトデーは、三倍返しっていうし、小鳥遊先輩はすごいことしてくれそう」

「どうだろう? いつもは、飴だけど」

ここ数年私が何をあげても、お兄ちゃんは毎年瓶詰めの飴をくれるんだよね。なんで、飴なのかわからなかったけど。毎年貰った飴の瓶はとってある。私がそういうと、彩月ちゃんがにやにやとした。


 「前から思ってたんだけど、それって──」

「?」

彩月ちゃんの言葉の続きを聞こうとしたけれど、そこで、担任の先生が入ってきたので、話は打ちきりとなった。



 放課後。今日のぶんの生徒会の仕事は終わったので、お兄ちゃんと一緒に帰る。やはり……というか、もちろん、手は繋いでいる。やっぱり、ちょっと嬉しいけど、恥ずかしい。そんなことを考えていると、ふと、お兄ちゃんが、立ち止まった。


 「そういえば、朱里は、ホワイトデー空いてる?」

「う、うん! 空いてるよ!!」

思わず、大きな声を出してしまった。そんな私にお兄ちゃんはくすくすと笑った。今年のホワイトデーは、お休みだ。


 「じゃあ、どこか出掛けようか」

「やったー!」

お兄ちゃんは、受験勉強で忙しく外でデートは最近はあまりない。だから、嬉しいな。


 「どこがいい?」

「えーっとね、うーん」

どこがいいだろう? 水族館もいいし、また映画館もいいよね。


 「あっ、ええと、それじゃあ遊園地がいい」

「じゃあ、遊園地にしようか」

「うん!」


 ホワイトデーが楽しみだ。その前に、期末テストがあるけど。期末テストも頑張って、お兄ちゃんと楽しいホワイトデーを過ごすぞ。

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