4.
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「それで、なんで」
心底呆れた、という顔で大きく息を吐いている。その気持ちは正直よく分かる。
「なんで、うちに厄介事を持ち込むんだよ」
「便利屋なんだからいいじゃない」
「うちは作家業だ」
「何よ、偉そうに」
厄介事。いやまったくその通り。『七階』に着いてからはさすがの苗村も、めそめそした泣き真似をやめて肩をすくめ、居心地悪そうに視線を泳がせている。
ぺこぺこと頭を下げる苗村にそれじゃあ行きましょうか、と妙に上機嫌な縁さんが告げたのはほんの数時間前のこと。絶対に何か企んでいるし、そうじゃなかったとしてもよからぬことは考えている。どう転んだって後々泣きを見るのは苗村だろうけれど、そこまで伝えてあげられるほどの関係でもないし、親切心もない。多少痛い目見た方がいいだろう、と思って放っておくつもりが、
そして、連れて行かれた先が『七階』なのだから。
苗村は最初、ケイタイの電源を落とすことを頑なに拒んだが、それが嫌なら
「偉いんだよ、俺は」
「本当、いちいち気に入らないわね」
「じゃあなんで来た」
「用事があるからよ」
ほら、と縁さんが苗村の背中を押す。
「預かって」
「犬や猫みたいに言うな」
「犬や猫だって預からないくせに」
「当たり前だろうが」
縁さんは強引で、そして真っ当だ。条例を順守するような真っ当さではなく、己の生き様に対して真っ当であるということ。自分の持つ信念や行動原理に迷いがない。そういうところ、行彦さんが苦手としているのだろう。はあ、と大きなため息を吐いて行彦さんが苗村を見た。
「部屋はあっち。ケイタイは
「え、あの、私、苗村
「どうでもいい」
本の柱の間からすくりと立ち上がり、フロアのさらに奥の奥を指す。そこは私も行ったことがないエリアで、それになんだかちょっと嫉妬してしまった。
「決まりだけ守ってくれ。あと俺が話し掛けるまで話し掛けんな。飯と飲み物と風呂も時間決めてっから」
「ちょっと、そんな」
「嫌なら帰っていいぞ」
苗村もこれには素で泣きそうになっている。私はもう慣れてしまったけれど、初対面でこの素っ気なさは本当にきついだろう。ただ私なんか、誰のバックアップもなしにこの人とやり取りをしなければならなかったんだから、それに比べればどれだけマシだろうか。
「そういうわけだからね、苗村さん。ケイタイこっちに頂戴?」
「でも、そしたら私、どうやって」
「何か要るなら俺からこの女に連絡するから、問題ないだろ」
嫌なら帰れ。
なんてシンプルな威圧なんだろう。たとえばここでキレた苗村が帰ります、と言えば苗村の本来の目的である「助けてもらうこと」はナシになる。所詮その程度の悩みだったということだ。本当に命を助けられたいと思うなら、この程度のこと大した問題でもない、ということか。
関わりたくねえ、と思った。行彦さんにも、縁さんにも、深入りするのはやめた方がよさそうだ。こんなろくでもない大人に深入りしたら、きっと私もいつかドームの外へ叩き出されるような事態に遭遇してしまう気がする。
苗村が
「それじゃ
「二度と頼まれねえからな」
「できればそうしたいけど」
吏理ちゃん帰ろう、と縁さんが言い、私が頷いて歩き出す。その背中におい、と声が飛んだ。
「なんすか」
「この間のただ飯食いの件、覚えてるか」
「忘れてくれてたらいいな、とは思ってました」
「近いうち配達頼むわ。変なのが居座ることだし」
苗村も散々だ。それについては不憫だなと思う。
でも、もっと早くに本当のことを言わなかった苗村が悪いし、それ以前に彼女たちが
「行彦さん」
「なんだ。さっさと帰れ」
「何も聞かないんすか」
苗村については、私も縁さんも騙されている可能性があるのだ。簡単に信用してはいけない、という気持ちは未だに拭えない。それなのに行彦さんも縁さんも、疑いもせず深く事情も聞かず、ただ対価をくれというだけですんなり彼女の身柄の安心を引き受けてしまった。その報酬だって、苗村がすんなり支払うとは考えにくいし。
「下の階」
それを案じたのに、顎を緩く引いて行彦さんは何事もないかのように言い放つ。
「この間、お前も聞いただろ」
騒がしい声。普段生きていては滅多に聞かないような怒声や罵声。決して『七階』へ到達することはない、それら。
頷くと、行彦さんはにたりと笑った。
「なんかあったら、あっちに送るだけだし」
やっぱり、この人達に深入りしてはいけないなと改めて思った。
ラロカの断罪 なたね由 @natane_oil200
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