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 友竹ともたけ梨恵りえは、イコルで死んだ。



 たったそれだけのことを聞き出すのにどれだけの時間を要しただろうか。それだけ吐き出しまえばあとは楽だった。苗村なえむら陽和ひよりの言葉は、ぼろぼろと空から降る少女の遺体のようにあふれる。



 友竹梨恵はイコルで死んだ。それは間違いない。

 彼女を追い詰めたのは越原こしはら亜悠あゆ熊川くまがわ奈留なる君嶋きみしま茉莉まつり、そして苗村で間違いないんだろう。



「そんなつもりじゃなかったのよ」



 後悔しているというよりは怯えた口ぶりで、苗村は言う。追い詰められるくらいなら最初からそんなこと、しなきゃいいのに。

 嫌いな人間がいない訳じゃない。相性の悪い人間だっている。それもあとたかだか十八年。堪えられないことなんてあるだろうか。十八年経てば、その人たちも軒並みいなくなる。関わらずにやり過ごせばいいだけの話なのに、気に入らないからと言ってそんな加虐的な気持ちになれるものだろうか。どうせ等しくすべてなくなるものなのに。


 きっかけは、友竹梨恵の姉の投身自殺。それも聞いた。

 けれど、私の知らない事実は、苗村の口からどんどんとこぼれ出てくる。話せば助けてくれる、という勝手な交換条件を自分の中で組み立て承諾されたものと理解して、苗村はありったけの事実を交渉材料として私たちに並べ立てて見せたのだ。



 友竹梨恵の姉は死んでないという。

 曰く、恋に狂った彼女は梨恵に自死を選ぶ旨を告げ、ある建物の屋上から投身した。しかし不幸なことに高さが足りなかったのか打ちどころが良かったのか(この場合、悪かったのか)、とにかく彼女は命だけは助かってしまった。

 条例違反である。機構の早急な対応により、不自由な体を抱えた梨恵の姉は、滞りなくドームの外へ追放された。そうなるとダストシュートの方がよほどマシだったんじゃないかとは思う。


 それだけの話だった。今こうして話している間にもきっとこの地上のどこかで起きている、ありふれたこの時代の話だ。ちなみに私の住むドームでの昨日の追放件数は十三件。日常的ではないにしても、そういうこともある、というだけの話でしかない。

 なのに、越原亜悠はそれに目を付けた。



「そそのかしたのは茉莉なのよ」



 ラベンダー色の髪の少女を思い出す。そして、ぐちゃぐちゃに潰れた肉の塊を。そういえばあの子がつけてたブレスのデザインはかわいかった、と余計なことを考えて。そうでもしないとアレのことを思い出すのは、未だ少し辛い。


 苗村が言うには、君嶋が越原を焚きつけて友竹梨恵を追い込んだらしい。日常的に起きうることだ、とは言っても私の周りにイコルの服用者も条例違反者もいないし、知らない。そもそも人間と関わることすら最小限に留めているのに、そんなつながりがあるわけがない。


 だから、分からなかった。

 越原亜悠の拘泥が。

 君嶋茉莉の扇動が。

 熊川奈留の暴虐が。

 苗村陽和の擁護が。

 友竹梨恵の衝動が。


 分からないが、越原亜悠を筆頭とする少女たちは、友竹梨恵の姉の自死未遂を理由に彼女を追い詰めていったらしい。



「暴力なんてしてない。そんなことしてたの、ナルくらいだもん」



 傍観者を貫いたと言い張る女が言う。止めずに見ていた人間と積極的に加害した人間、どちらが真っ当だと言えるだろうか。

 例えば目の前に何らかの恐怖を突きつけられて、お前も同じ目に遭わせると言われて、足が竦んで悪事を見逃すのはやはり悪なのだろうか、とか。それは、一体誰が一番悪になるのだろうか。

 すべて悪だ、と思う。


 ともかく、条例に背いた親族のせいで言葉で、力で、空気で追い詰められた友竹梨恵は、姉とは違い条例を守って死んだ。それが越原亜悠たちの望んだ結果なのかどうかは分からないし、今それを苗村の口から聞いたところで所詮生き残った人間の言葉だ。信じるに足るかと言えばそんなこともない。



吏理りりちゃん、もうやめときなさい」

「……すみません」

「謝ることじゃないわ」



 八つ当たりだ、ということは分かっている。ふう、と大きく息を吐くと、苗村は思い出したようにしくしくと泣き出した。白々しいことこの上ない。



「起きたこと、責めても仕方ないでしょ。それに、どう責めても弁明しても事実は変わらないもの」

「友竹さんのことですか?」

「違うわ」



 縁さんが苗村を一瞥した。ずいぶん蔑んだような目だったけれど、それをそうだと受け止められるほど、苗村の面の皮は薄くない。



「この子が人の死に手を貸したってことよ」



 なるほど、縁さんも腹を立ててはいるらしい。それでも顔には出さないところが大人だと思う。その小さく冷たすぎる声は、苗村本人のすすり泣く声にかき消されて届かなかったようだ。



「で、どうするの? 守るだの助けるだの言われたって、結局巡回員パトロールに保護してもらう以外ないわよ」

「でも、私」

「友竹さんの件なら、従来の手順通りイコル摂取で処理されてるよね? あなたたちが咎められる理由はないでしょう」

「でも、でもみんな、死んだじゃない」

「事故でしょう」



 ぴしゃりと音のしそうな物言いだ。



「ちなみに私は便利屋さんだからね。対価がもらえるならきちんと動くわよ」

「……助けてもらえるの?」

「言ったでしょう? 対価がもらえたらって」

「なんで、そう言ってくれなかったの……」

「最初からあなた、何の条件も出さなかったでしょ。助けなさいって言うばっかりで」

「じゃあ、いくら、ですか。私ができることでなら、あの」

「労働力でいいわ。使いっぱしりって大事なのよ」



 幾分、苗村がホッとしたような表情を浮かべた。まだ嘘泣きは続けたままで。


 こいつは縁さんの人使いの粗さを知らないから笑っていられるんだ。命ひとつを守るとなると、一体どれほどの労働を強いられることか。その時の泣きっ面を思い浮かべると溜飲が下がる。

 ありがとうございます、と頭を下げる苗村の後頭部を眺める視界の端で、縁さんがにたりと笑った。


 さすがに、同情した。

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