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 会っていくか、と言われて躊躇したのは、チカちゃんとの話があったからだ。



「友達甲斐のないヤツだな」

「友達じゃないですし」



 あまりにも平和な日々だった。君嶋きみしま茉莉まつりの事件に端を発し、無理矢理押し掛けてきた苗村なえむらをここに放り込んでからは、あまりにも今まで通りの平穏さで、なんだかあの一連の出来事が夢だったんじゃないかと思うほどに平和だった。そしてそれこそが私の望んでいたものであり、残る十八年を過ごすための必要条件だったのだ。


 それでも時折思い出す。夢に見る。生ぬるい臭いの血だまりや、ぐずぐずに崩れたかつての少女の塊の夢を見る。そのたびに夢の中のカコが言うのだ。好きなんだろ、と。

 私が好きなのはつくりものの出来事だ。つくりもののチープな世界の中で血が飛び散り、人が壊れ悲鳴を上げ逃げまどう姿を見るのは、ひとつの娯楽として好きだ。欲しいのは現実味じゃない。



行彦ゆきひこさんは話したんすか」

「俺が? なんで?」



 必要以上に深入りしない、というのは本当みたいだ。確かに、行彦さんが苗村と絡んでるところはちょっと想像がつかない。



「何日かに一回くらい本借りに来るくらいは大人しいもんだぞ」

「そうなんすか」



 涙で弱みに付け込み、ヒステリーで相手を蹂躙じゅうりんしようとするあの女が。でもまあ確かに、こんな陰気な裏路地みたいな部屋から一歩も出られないんじゃ仕方ない。そう考えると、苗村にも同情の余地はあるんだろう。

 いや、ない。最初っから何に怯え何に狙われてるか、正直に話せばよかっただけのことだ。苗村自身も、それは分かっていないから余計に怖いんだろう。それならそうだと言えばいいのに、もしかしたら変なプライドが邪魔をしているのかもしれない。

 生き辛そうだな、と思った。もう関係ないけど。


 チカちゃんから聞いた話だ。

 それはもう正しく誤差なく、縁さんが拉致し行彦さんが閉じ込めたまさにあの日から、苗村陽和ひよりは行方不明になっているという。少なくとも、あのふわふわでひらひらのドレスとパステルカラーの空間を共有する苗村の友人たちの間では、そういうことになっている。


 曰く、既にドームの外に生きたままてられている。

 曰く、殺人鬼に追われている。

 曰く、生体実験の被験者にされてしまった。


 その噂を本人が聞いたらまた泣きわめくんだろうか。想像しただけでうんざりだ。

 とにかく、苗村陽和はこの世界から行方をくらまして、その行く末を知る人間は今のところ当人を含めて四人だということだけが分かっている、ということ。サスペンスだね、とはしゃぐチカちゃんに私は曖昧に笑うことしかできなかった。



「お前、なんか探ってんのか」

「いえ、別に、特には」

「なんでだよ」

「なんでって、私には関係ないじゃないですか」

「そうは言うけどなあ」



 行彦さんが背筋を伸ばす。ぱきりと音がした。困ったように眉根を寄せている様子が珍しい。この人に『言いにくいこと』が存在している、なんて考えたこともなかったけれど、何やら口をもぐもぐさせているのはそういうことらしい。

 へえ、と思った。こんな顔をするんだ、と。



「なんすか」

「あいつ、放っておいたら住むぞ、ここに」

「いいんじゃないすか」

「お前、嫌いなんだろ」

「ま、そっすね」

「嫌だろ」

「まあ」



 言わせたいのか、姑息な。



「なんなんですか」



 見えている地雷なのにみすみす踏み抜きに行く自分が悔しい。にたりと行彦さんが笑う。本当に、本当に不快な人だ。この性悪があんな面白くて素敵な話を書くなんて、いまだに信じたくない。



「協力しないか?」



 ああ、なんて悪い顔。結局そうやって下手に出たふりをして、有無を言わさず自分の意見を押し通すくせに。

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