2.
幕間
不快だったんだ。
どうして亜悠があんな目に遭わなきゃいけなかったのか。どうして私が疑われなくちゃいけないのか。それがずっと不快だった。
あれから三年、私はまともに生きてきた。ドーム内を走る電車の管理をする寄与は楽しかったし、真面目に真っ当に義務をこなしてきた。時々何を血迷ったのかレールの上にダイブする奴らもいるけれど、その肉塊の後片づけだって率先してやってきた。
確かに気分はよかった。
誰にも
ルールを守らなかったんだから、仕方がない。だから私にはそれがただのスクラップパーツにしか見えなかった。それをきちんとまとめて手順通りに廃棄するという寄与は、疲れるし汚いけれど嫌いなことではなかった。
それで、不快だったんだ。
亜悠が死んだこと。あんなに綺麗だった亜悠が、スクラップパーツのように廃棄されたこと。そんなこと、あるわけがないのに。あってはならないのに。
だから、
陽和は怯えていた。誰かに付け回されているような気がする、と言っていた。確かに陽和はおとなしい子だ。そういう変な奴が狙うなら、まず陽和で間違いないとも思う。でも、だからといって、そんなことが許されるわけはない。ルールを守っていない。そんな奴がこの世に生きているなんて、許されるわけがない。
ふっとあいつの顔が浮かんだ。あいつがそうだった。あいつの姉をずっとかばっていた。ルール違反をした女を、姉だからっていう理由だけで。
そんなやつを、かばっていいはずがない。
その日、駅のホームは驚くほど綺麗なオレンジ色に染まっていた。それがまたあいつを思い出させて腹が立った。経験上、こんな日はダイブする奴が多い。オレンジ色は人を狂わせるって、何かで読んだ気がする。
ふっとホームを見回すと、俯きがちにカバンを抱えて立っている陽和が見える。あんなに言ったのに、また列の先頭に立っている。危ない、って言ったのに。いつ突き落とされてもおかしくないって。オレンジ色の陽和はなんだか頼りなくて、つい目で追いかけていると、ふと、それを後ろから覗き込む人影が見えた。
背が高い。男だろうか。陽和も気付いている。怯えている。あいつだ、と直感的に思った。
人波をかき分けながら陽和の方へ近づくと、そいつは顔を上げてすうっと陽和の後ろから離れていく。
間違いない、あいつだ。
ナルちゃん、と呼ぶ声がする。とっ捕まえてやる。ルールに従わない奴は大嫌いだ。ステーションスタッフの制服を着た私が追いかけてくるのに気づいたのだろうか、そいつはすいすいと器用に人の間を縫って私から距離を取っていく。
待て、と声を上げた。
上げた、はずだった。
ふぁあああ、と間の抜けた、でもけたたましく響く音。嫌というほど聞かされ続けた音。あれは、人間を簡単にスクラップに変えてしまう音。
レールにぶつけた肩の痛みを堪えて顔を上げた私の視界に広がったのは、夕焼けのオレンジを吹き飛ばすほどに明るいヘッドライトの光だった。
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