第1話

「今朝7時6分。付近を走っていたという60代の男性から怪しげなキャリーバッグがあると通報をうけました。中身を確認したところ10代から20代の遺体を発見しました。」

私は部長に事件のあらすじを報告していく。

「原因は失血死。睡眠薬は検出されていません。遺体は服を着ていますが、全身の血液をぬかれています。そして、保存状態が大変よく体内は防腐剤で腐敗を防ぎ、表皮には樹脂が塗られていました。」

部長は渡した資料に目を通しおえたのか、顔をあげた。顔にはしわが刻まれているが年老いた感じはなく、静かな威厳が辺りの空気を引き締める。長年、このような事件を見続けてきたのだろう。表情は眉ひとつ動いていなかった。

「そうか。」

そう言った後、丁寧に資料を机の引き出しにしまった。

「君は捜査会議にでなさい。指示は会議が終わったあと説明しよう。」

私はそう言われ、捜査会議に向かった。


捜査会議はすでに終わっていた。因みに新しくはいった情報は、女性は現場付近に住む大学生の「賀藤祐希」で友達と旅行に行っていたということと、もう一人の友達はみつかっていないということだ。

「ありがとうございます神崎さん。」

メモをとり終え、私はひと息つく。

神崎さんは会議に参加できなかった私に内容を丁寧に教えてくれた。その言葉ひとつひとつに無駄なものは一切なかった。

「先に言っていたからね。参考になってよかったよ。」

そう言って、ふわりと優しく微笑んだ。このスマイルは女性だけでなく男性も心うたれるそうだ。


「またなにかあったら教えてください。」

私は軽く会釈をし、その場を離れようとする。

すると神崎さんにに呼び止められた。

「そういえば、部長は元気にしていますか?」

実は彼は1年ほど前、私の部長と同じ事件を担当していた。

そのとき部長は犯人逮捕の際、内臓の一部を大きく傷つけてしまった。今日会議にいけない理由は病院の検診の日だからだ。

「はい、とても元気にしています。あと、今日の検診で事件に参加できるか決まるそうです。」

「ならよかった。」と神崎さんはほっと胸を撫で下ろした。あまり部長の話を聞いていなかったら心配してたのかもしれない。私もまわりの人も復帰するまで話さないよう言われていたが、彼ならこのことを話しても大丈夫だろう。

彼の口は堅いのだ。


神崎さんと話をしてから少したった後、部長から電話で呼び出しがあった。私は身支度をすませ、彼がいる大蔵病院に向かった。

部長は連絡したいことは直接話す人である。そして毎回きた私にお茶だったりなんだったりをくれる律儀な人だ。

私は毎回「そこまでしなくていいのに。」と言うが部長は毎回なにか用意してくれる。


なにかお礼をしないと。


今回は紙パックのオレンジジュースだ。

「いつもありがとうございます。」

この言葉をかけると、

「いや、こちらこそすぐきてくれて助かった。」

こう部長は必ず返す。これが私と部長が毎回交わすやりとりだ。

このとき部長は普段みせない表情をする。皆が知らない優しい表情だ。

「それで、どうだったんですか?」

「あぁ、それがね。」

そう言うと、部長が一枚の紙をポケットから出し、私に渡してきた。

紙には人の住所が書かれている。

「今回の検査で傷は塞がったとようだが、一週間は家で安静にするように言われてしまった。…そして、そこに書いてある人はこの事件を手伝ってくれる人だ。」

確かに、紙には住所が書かれている。

だが。

「そんな、悪いですよ!」

まだ安静にしていないといけないからってここまでしてもらうのは流石に悪い気がする。

「いや、彼がこの事件に興味があるって言ってね。私もこんなだから彼の仕事の参考になればと思ったんだ。」

「あの、彼っていったい誰なんですか?」

私は部長に聞く。

部長が口を開けて答えようとする。

すると、

ピリリリリリ、ピリリ

電話がなった。

部長が電話をとる。

はい、はい。と何度か相づちをうったあと、「その件は後ほど伝えにむかいます。」とひと言言って電話をきった。

「すまない。急用が入ってしまった。」

申し訳なさそうに部長が言う。

「いえ。で、私が会う人物とはどんな人なんですか?」

「残念ながら時間がない。あまりこういうことはしたくないのだが直接彼に聞いてほしい。」

そう言って紙をとりだし、さらさらとペンをはしらせる。

「これが彼の名前だ。」

その名前には丁寧にふりがなまでふってあった。


結局、部長は彼が誰か教えることなく車に乗り込み行ってしまった。そうとう上の人に呼ばれたのかもしれない。確かに、怪我の経過は聞かなければならないだろう。

病院をでて、大通りを左にまがる。そして、小さな時計店を通りすぎ、二つ目の角を右へ進む。鳥居を通り抜け少し歩くとそこには古い西洋風の建物がたっていた。

塗装は色あせてはいるが、味がでて、窓にはステンドグラスがはめこまれ室内が淡い光に包み込まれていた。庭もしっかりと手入れされているのか、余分な雑草などははえておらず、綺麗な花が咲いていた。風がカモミールの匂いを運ぶ。どうやら人は住んでいるようだ。

住所を確認する。

この場所で間違いない。

意を決して、私はベルをならした。


数分たっても中からの反応はなかった。

もう一度ベルをならした。

すると、なかから大きな物音がした。そして悲鳴、物が落ちる音。


しばらくしてからドアが開き、そこから背の高い髪がぼさぼさの男性があらわれた。

「すみません。散らかってますが、どうぞ中へ入ってください。」

いわれるがまま中へ入った。

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