俺はどこも悪くない

 気が付くと、そこは審判の間だった。

「遅かったじゃないか。お前、我々を裏切ろうとしていただろう?」

「はい、すみません。でも、もう裏切りません。さっき、大切な人が教えてくれましたから。俺はさっき、生まれ変わったんです」

 心からの、言葉だった。

「いい目だ。それでは、代償について話そう」

「はい。何でも、受け入れます」

「お前は、天国にも地獄にも行かず、ここで働き続けるのだ」

 想像より遥かに、重い代償でないことに、俺は心底驚いた。もっと、生き地獄のような、酷い罰だと思っていたのに。

「それで、いいのですか」

「簡単なしごとじゃあない。やめることなく、働き続けるのだから。いいな?」

「は、はい!」

 そう言うと、神は笑顔になった。優しい、祖父のような笑みだった。

「そしていつか、お前の友人たちが来た時には、優しく、送り出してやれ」

「はい!」

 俺の返事に、もう迷いはなかった。



           *



 数十年後、しわしわの老人が、審判の間へ連れてこられた。

 見覚えのある、顔だった。

「もしかして、イクオ……?」

 その名を呼んだ瞬間、老人は涙を浮かべて微笑んだ。

「久しぶり、リヒト」

 俺は、思わずイクオの体に飛びついた。何十年ぶりに会うイクオの体は、棒のように細く、弱弱しく、そして雪のように冷たかった。

「お前は、人生を、ちゃんと全うできたんだな」

 俺の体を離したイクオの目が、緩やかな弧を描いた。

「オレは、な。でも、サヤは違う」

 再開した時とは明らかに違うイクオの態度に、俺は恐怖を感じた。

「どうしたんだよ、イクオ」

「は?どうかしたのはサヤの方だろ。サヤは、お前のせいであんなことになったんだぞ。お前が、サヤを利用したから、人生を全うできなかったんだぞ」

 イクオの瞳は、狂気の色に染まっていた。

「落ち着け、イクオ!俺は、もうサヤに、」

 ずぷり、と何かが俺の腹を突き抜けた。

 ゆっくり、腹の方に目をやると、刃物が確かに刺さっていた。

「死ねリヒト!サヤと俺の苦しみを味わえ!」

 イクオは、俺の腹に刺さった刃物を抜き取り、今度は心臓のあたりを突き刺した。

 俺は、再び死んだ。

 一回目は、裏切ってしまった大切な幼馴染、サヤの手によって。

 二回目は、家族より心を許せる幼馴染、イクオの手によって。

 既に死んでいても、衝撃を受けた体は上手く動かない。薄れ始めた意識の中、興奮状態のイクオに向けて、俺はこう呟いた。


「俺は、どこも悪くない……」

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俺はどこも悪くない 有髷℃ @yatagai

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