第201話 伊良湖岬:本当にいいのか?


 ちょうどフェリーが出発するようだったので様子を眺めた。


 人、車、そしてバイクとかがフェリーに吸い込まれている様子は”最適化”という言葉が思い浮かぶ。


 長いノウハウの蓄積から見出されたものだろう。係員さんたちの的確な指示により淀みなく人や車両が処理されていた。システマチックで美しいとすら思える。


「案外たくさん載るんだな。ああ、利用者数の多少じゃなくて船の積載量キャパシティの話ね」


 そのセリフを聞いた瞬間にフィリーのことが頭によぎった。見事にくびれたウエストに反して無限に食えるあれはどうなっているのか。限られた船体にどう納めればあんなにたくさんの荷物を積み込めるのか。そういえば字面が似てる。フィリーとフェリーって。


「そのうち乗る機会を作りたいな」


「ん」


 三重とかにツーリングするならありだ。行きか帰りのどちらかだけでも。

 東海エリアは交通網が整備されている。仮に浜松から鳥羽に行こうとした場合、自走とフェリーでは目的地までの所要時間を比較するとそれほど差異は無いようだった。つまり自分の好みに合わせて移動手段を選ぶことができる。


 道中に休みながら移動したければフェリーに乗れば良い。とにかく自分で走りたければ陸路を行けば良い。


 車に乗っても良いし、バイクに乗っても良い。それに通じるものがあった。

 選択肢は多いにこしたことはない。ふと晴れた空を見て、授業中だろうがバイト中だろうがツーリングに飛び出せる選択肢――自由を、ライダーはいつだって欲している。


 車があり、バイクがあり、高速道路があってフェリーがある。そんな景色の向こうにこそ、ライダーの望む世界があるのではないか。そんなことを考えながら、フェリーが海の向こうへ進むのを見送った。





「灯台があるらしい」


「あるだろうね」


 建物を出た。再び潮風に吹かれる。

 灯台。こういう場所にはある。陸の端、海の始まりにはつきものだ。城ヶ島にも灯台があった。


「この山をぐるっと回ったところにあるってさ」


 建物を出た目の前に小高い山があった。山肌に生える枯草の色と12月の穏やかな日差しが合わさり、山塊はやや白けて映っている。


「どんぐらい歩くんだろうなぁ」


 明秋はそのまま歩き出した。灯台まで行くのは決定事項らしい。いつもこんな感じでフラフラ歩いていってしまうんだろうか。呼春ちゃんには同じようにしていないと良いのだが。


 山の麓を取り囲むように遊歩道が伸びていた。山側は山の斜面に接していて、海側は大きな岩が並べられて縁取られている。


 岩にはときおり石板が埋め込まれていて、その石板には文字が彫り込まれている。どうやら和歌らしい。それらや岩の向こうに広がる海を眺めながら私たちは歩を進める。レンガ的な何かで舗装された地面がコツコツと音を立てては、すぐに波の音に洗い流されていった。


「あれか。すぐだったな」


 白亜のこじんまりした灯台だった。当然ながら人間よりは巨大だ。しかしミニチュアみたいでカワイイとも思える。嵐が来たら家の中に入れておきたい雰囲気だ。しかしその実、誰もよりも嵐に佇んできた。近くまでくると分かる、ところどころに滲む錆びつきがそれを物語っていた。


「みんな写真撮ってるな。オレたちも撮ろうぜ」


「待ってる」


「いや、ねーちゃんが映るんだよ」


「? 代わりに映っといて。顔一緒だし」


「……ねーちゃん、本当にいいのか?」


「何が言いたいの」


「最後にまともに写真映ったのいつだよ」


 江の島で未天とフィリーと……。


 いや、あれはめちゃくちゃ逆光だったか。



「このままだと―― 葬式とかの写真が中学の卒業アルバムのやつになるぞ」


「……」



 中学。

 卒アル。

 制服。

 黒髪。


「……姉を脅すとは」


「はい、そこに立って」


「身内だからって容赦がない。他の人だったらもうちょっと――」


「それたぶん腫れ物を扱う的なヤツだと思う」


「……」


 パシャ。


 灯台を背景に写真を撮られた。

 真顔なのは変わらなかった。




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