第202話 伊良湖岬:俺も初めはそのつもりだった



 恋路ヶ浜。

 その名の通り砂浜だ。伊良湖岬の南の腹に延びている。先ほどから歩いている遊歩道のみちなりにあった。灯台を過ぎたところで視界にとらえた。長く伸びた砂浜で、遠くに見える崖地の足元まで続いている。


 あの崖の上は先ほどバイクで通ったところだ。見下ろしていたところを歩いていた。太陽が低く街角まちかどに影が伸びがちな12月にあって、陽射しを遮るものの無い浜辺はまばゆく輝いてみえた。


 はだを打つ風、しおの香りも一層強い。視野しや全体からざざーんという波の音が聞こえている。たぶん気のせいだけどそう聞こえる。適切に配置されたスピーカーのおかげで音源がどこかわからない感じ……ああ、映画館っぽいのだ。実際、映画のワンシーンにも使われそうな景色だった。


「あんまり混んでなくて快適だ」


 砂浜をざくざく歩く。ブーツなので水の中とか以外は大抵なんとかなった。


「ねーちゃんと一緒に歩くとすっげー目立つしな。ちょうどいいや」


「……そういえばそうだったね」


 遠い昔、明秋ひろあきと一緒に歩いたこともあった。小学校の帰り道とかだ。すると非常に目立った。人の目を引いた。


 双子並みに顔が似ていることが原因だろう。小さい頃のことだから性別による差異も少なかったので余計に似ていた。明秋は普通に女の子と間違えられていたし。


「砂の地面に立つのも小学生以来かもしれん」


 波打ち際。明秋の髪が海風になびいている。家の中でしか会わないのでこういう彼は見慣れない。


 ぼうっと海を眺めているその横顔を見ていると、また背が伸びているななんて思う。背丈があるおかげか、ワーク〇ンとかで買ったと思われるゴツい冬用ジャケットも様になっていた。


呼春こはるちゃんと海とか行ってないの?」


「プールなら」


「ちゃんとガードしてあげないとダメだからね。呼春ちゃん可愛いんだし変なの寄ってくるよ」


「あぁ……まあ俺も初めはそのつもりだったんだけど」


「?」


「いやその…………俺が女子に声かけられまくって逆に呼春にガードされる羽目になっちゃって」


「……」


 ごめん呼春ちゃん。今度何か美味しいおみやげとか買っていくから。






 砂浜から遊歩道の方に戻ると目の前は駐車場だ。恋路ヶ浜だけに用がある人はこちらに車を駐車するのだろう。けっこう広い駐車場だった。


(花と潮騒……)


 駐車場の隅に立っていた看板に書かれていた言葉。渥美半島のキャッチコピーのようだ。はく、黒潮の影響で年間を通して暖かく、南方起源の植物もみることができるらしい。


 そういえば渥美といえば夜に照明を当てて菊を栽培する”電照菊”も有名だ。光をいだくビニールハウスの、イルミネーションめいた群れの映像をニュースか何か見たことがあった。


(イルミネーションか……クリスマスシーズンだしバイクもあるんだしどこかに見物でも……)


 などと考えていた、その時だった。


「ああっ!」


 背後で悲鳴に似た声が聞こえた。振り返ると見覚えのある男が頭を抱えて固まっていた。


「そうだった! これがあったじゃないか!!」


 これはいつもの病気だな。料理とかが絡むと暴走するやつ。

 自分でも驚くくらいに落ち着いた状態で明秋の視線を辿っていく。近くのお店ののぼりに彼の眼差しは注がれていた。



 ”大あさり”と書かれていた。



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