第200話 伊良湖岬:恒……例……? 



 とりあえず道の駅の中に入る。


 建物の中は暖房が効いていた。おかげで冷たかった指先にどんどん熱が戻って痺れるような感覚に包まれている。さきほど自販機で買ったホットコーヒーのぬくもりもそれを助けていた。


「恒例の売店チェックだ」


 恒……例……? 


 まあいい。脈絡のない会話はフィリーで慣れた。


「やっぱり味噌だな。愛知県内は味噌文化が強いんだ。ほら、味噌カツとか味噌煮込みうどんとか」


 売店にはたくさんの商品が並んでいる。オーソドックスな土産物がそろっていて道の駅らしい。食べ物に関しては確かに味噌が使用されたものが多いようだった。


「味噌アサリ! アサリを味噌ベースの佃煮にした感じか! そういうのもあるのか! たしかに三河湾産のアサリって有名だもんな」


 つまり味噌アサリは名物を組み合わせたということになる。シンプルで分かりやすい。明秋が目を輝かせて眺めている味噌アサリは真空パックになっていて持ち帰りも簡単そうだ。


「ちょっと買ってくる」


 たぶん自分のレパートリーに加えたいんだろう。1週間くらい味噌アサリ(試作品)が食卓に並び続けそうだ。


「買ってきたぜ」


 ほくほくだった。喜々としている。というか味噌アサリ以外のものも買ってるだろどう見ても。ビニール袋パンパンだよおい。


「伊良湖海苔っていうのがあったから浜名湖の海苔と食べくらべしようと思って。あとは――」


「いや、説明しなくていい」


 長くなりそうだし。


「そういえば伊良湖の”湖”ってなんだろ? どこかに湖あるのか?」


「その昔三河みかわ湾が三河湖だったころの名残らしい」


「”伊良”はどこいったんだよ……」


 呆れた顔をされた。もうコイツの前では冗談は言わない。ちなみに三河湖は山奥の方に実在している。





 大きく窓がとられていた。建物の北側だ。


 そこからはフェリーが停泊する埠頭を眺めることができた。いくつかのベンチも並んでいる。ここで見送りができるようだ。外は晴れていてたっぷりとした光が辺りに降り注いでいた。


 ここは北側にあるので直射日光は当らない。この時期は寒いので日光が当たるような場所の方が好ましいかもしれないが、そういう場所は夏場は灼熱になるので一長一短だ。


「北側に海がある」


 渥美半島はその名の通り半島だ。北の三河湾、南の遠州灘に挟まれている。

 日本海側であれば珍しくも無いのだろう。しかし太平洋側では北側に海があるという地形は限られていた。


「昼間に海を見てるのに視界に太陽がいない」


 海というと太陽の方向の水面にキラキラと光の筋ができているのが一般的だ――…… 一般的だと思っていた。


 しかしたぶんこの様子だと、ここや日本海側ではそういう様子は一般的な海の景色ではないらしい。


 目の前にあるのは、眩しさを感じずじっと見つめていられる、海中があることを意識させられる深い青をたたえた穏やかな海だった。


「浜名湖でも似た感じになるかもな。弁天とか新居あらいのあたりから北のほう見れば」


「伊良湖と浜名湖で見比べ?」


「海苔の食べ比べしながら見るか?」


「……シュールすぎでしょその光景」


「うん、言った自分でも何だそのシチュってなった……」


 ベンチに座ってみる。

 ひんやりしている。しかし冷たいというほどではない。固くはないけど柔らかいと呼べるほどではない。目に見える景色は明るいけど眩しいというほどではない。人の姿はまばらだけど閑散としていると言っては言い過ぎだ。ここでは人も船も行き交っている。


「……コーヒー飲み終わるまで眺めてて良い?」


「じゃあオレもそうする」


 お互いが飲み物を飲み終えるまで、私たちは黙って景色を眺めていた。




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