第197話 伊良湖岬:なに勝手に納得してるんだよ
海岸線に横たわる巨大な風。
それはゼリーのように重たかった。その風を貫くように走るバイクは弾丸を連想させる。いつかドキュメンタリーで見た、透明な何かを撃ち抜く銃弾のスロー映像のやつ。
「……」
サイドミラーに眩い光が映る。背中がじんわり温かい気がした。たぶん気のせい。
手がひどく冷たかった。クラッチ操作にも自信がなくなるレベルだ。幸いにも先ほどからクラッチ操作は必要なかった。しかし下道に降りてから滞りなくクラッチ操作ができるかと問われると……不安が無いとは言い難い。グローブと袖口の間、そのわずかな隙間から服の下に入り込む冷気がやたらに恨めしい。
『あれ?
ちなみに明秋の言う潮見坂というと【道の駅・潮見坂】のことを指す。東京方面から走ってくると【道の駅・掛川】以来の道の駅となる。地域名としての潮見坂というと古い時代から景勝地として有名であった。
『浜松のライダーのたまり場って聞いたんだけど』
『実は浜松のライダーは潮見坂には案外行かない。なぜなら走り始めて休憩するにしては近いから』
『ああそうか。そんな人混みにねーちゃんがあえて行くわけないな』
本線を外れてインターチェンジで降りる。ゆるいカーブを抜けたら高架が終わって下道に出た。着地点は地名に似合いの坂道の途中であり、大きくカーブした坂道が丘陵の上に向かって伸びている。東から射す朝陽に斜面は明るく照らし出されていた。
明秋は悠々と坂道に突入していった。さすがはオートマといったところだろう。余裕が見えていた。明秋に続いて私も登り始める。
ギアを落とそうかどうか迷う程度の傾斜の坂道だ。上り車線は2車線になっている。左側の車線は事実上の登坂車線だろう。道路脇はガードレールと反射材でゴテゴテだし、反対車線との間には分離帯があった。山道と比べるとだいぶ手厚い坂道だった。
坂をのぼり切ると交差点に差し掛かる。白須賀の交差点だ。直進すると豊橋方面で、左折すると伊良湖岬に向かう……ってさっき看板に書いてあった。もちろん左折する。
『土が赤いな。コンソメのキューブみたいだ』
この辺りまで来ると印象的になるのは土の赤さだ。
道路際に畑があったりして、アスファルトではなく土の地面がむき出しになっている様子を見受けられるようになる。その土が赤い。
『スーパーに並んでるダイコンとかキャベツは産地表記がこの辺りになってるのが割と多いんだ』
『ダイコン』
言われてみると三浦のダイコン畑が広がっていた丘陵地帯に似ているだろうか。地質学的な成り立ちが近いのかもしれない。
『お、野菜売ってそうなところ発見……って営業してねぇ!』
『早朝だしね』
しかし仮に営業していたとしてこのタイミングで野菜を買う気だろうか。これから伊良湖岬まで行くんだが。
『ますます早朝に出発する意味がわからん』
順調にライダーあるあるを経験しているようで何よりだ。楽しんでほしい。
『……なるほど、早朝だと路上も
だから勝手に納得するなと。
【愛知県】【豊橋市】と書かれた看板の下を通り抜けたのは、そんなやり取りをしていた頃だった。
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