第182話 神奈川三浦エリア:私の味方はいないのか



 めちゃくちゃ目立つフィリーじゃなかったら見失ってフレームアウトさせてしまう自信がある。そんなレベルの人混みだった。


 駅前も若宮大路も賑やかだったが、小町通りはその比ではない賑やかさだ。ククク、そいつは四天王の中でも最弱……をやられた気分だ。これ以上のまだ見ぬ強敵人混みは勘弁してもらいたい。


「どれから食べる!?」


 彼女の何てことないひと言。しかしこのセリフの前には恐ろしい前文が隠されている。つまり、「(目に付いたものは全部食べるので決めるべきはその順番だけだけど)どれから食べる!?」である。彼女に合わせていたら胃袋がいくつあっても足りない。


「全部食べるなら端から食べてけばいいんじゃないかな?」


「えーっミソラやっちゃう!? ここからここまで全部くださいやっちゃう!?」


 それはお店とかでやるやつであって商店街レベルでやるヤツがあるか。


「さすがにまずいよフィリー。他にも食べたい人がいるんだよ」


「それもそうね! 楽しいことおいしいものはシェアするべきだわ。そうすれば巡り巡って私もまた新しい楽しくておいしいものに出会えるってものよ♪」


 めちゃくちゃ殊勝な心掛けだが、一瞬前まで商店街の食料を喰い尽くそうとしていたんだよなコイツ……。


 こうして私たちの(というかほとんどフィリーによる)食べ歩きが始まった。

 それはもう色々なものをいただいていた。見た目がやたら可愛いお団子。食べても美味しい。さつま揚げ的な魚のすり身を揚げたもの。アツアツでぷりぷり。クレープ。小麦の香ばしさと甘いクリームとフルーツのハーモニー。そしてアイス。ソフトクリームとかジェラートとかを味違いでいくつか食べていた。なおソフトクリームは私もいただいた。だってライダーの主食だし。


 しかしよくもまあこんなにも食べ物があるものだ、この街は。だがもしかしたらこの街ならフィリーのお腹をいっぱいにしてくれるかもしれない。フィリーに勝てるかもしれない。そう思うとこの街を応援したくなってきた。がんばれ。……がんばれ!


「雑貨屋さんとか服屋さんもけっこうあるのね」


 と、フィリーがふらふらと入って行ったのは食べ物屋さんではなかった。どう見ても衣類を売っていた。シャツやブラウスが多くラインナップされている。ビジネス寄りのお店だろうか。


「フィリー、そのお店食べ物売ってないよ」


「見れば分かるわよ私を何だと思ってるのよメグは。あ、これとかステキ♪」


 フィリーは陳列してあったブラウスを掲げ、まず未天に合わせ、次に私に合わせた。


「メグ、ちょっとコレ着てみて? あとこれとこれも。私はコレとコレとコレにしよっかな。未天みそらはカメラお願いできる?」


「……着ないけど。どうみてもカメラに映る流れでしょそれ」


 私の一言にフィリーはきょとんとフリーズする。そして数瞬のあいだ見つめ合っていると、(ニヤッ)とあからさまに悪い笑みを彼女は浮かべた。


「じゃあミソラに頼もっと」


「……」


「ミソラは頼めば断らないと思うなぁ~」


「……」


「メグが協力してくれるならミソラに頼まなくても済むんだけどなぁ~♪」


「くっ……!」


 未天を人質にしてやがる!


「……着る」


「よしっ、作戦成功! すみませーん、試着させてくださーい!」


「ちょ、ちょ……っ」


 フィリーに試着室に引きずり込まれる。なんでお前も入ってくるんだ狭いだろ。当然のように服を脱ぐな脱がすな。せめて自分のペースで着替えさせてくれ。






「カッコい゛い゛ッ……!!」


 あれこれと私たちが試着しまくった結果、未天が限界を迎えてしまった。可愛いとかカッコいいとか連呼して泣きながらカメラを回し続けている。途中からは店員さんも参加し始めて「よろしかったらこれも……」「これもぜひ!」「おふたりともモデルさんですか?」「こんな感じで合わせてはどうでしょうか!」「そちらの方はメンズも似合いますね」「ではこっちも……」と、どんどん盛り上がっていってしまった。まじでノリノリだった。止めてくれる人は誰もいなかった。何個ポーズとったか分からない。私の味方はいないのか。


(何着か買ってしまった……)


 しまった、というと後悔しているみたいだが、べつに後悔はしていない。衝動買いしたことに対する感想であって、商品は衝動買いした程度には気に入っている。なお商品はフィリーや未天が購入したものとまとめて発送してもらっていた。身軽で良い。財布も軽くなったが。


「お腹も減ってきたでしょ?」


 私たちはそうかもしれないが、あれだけ食べていたフィリーもいているのだろうか。空いてるんだろうな。物をたくさん食べられるというのはそれはそれで才能ではある。人間、食べられないと生きていけないのだから。


「目星つけてるの」


 尋ねた私にフィリーは目を輝かせて答える。


「生しらす!」







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