第181話 神奈川三浦エリア:最終日はせわしない



 旅の最終日はせわしない。


 夏の東京、修学旅行、それと今回の旅で私は学んだ。帰るために必要な時間や、帰ったあとのタスクなんかも考えると、正午くらいには旅先から出発したい。私たちに残されている時間は多くなかった。


 宿に戻って朝食をいただいた。やはりボリューミーではあったが、昨日の晩ごはんと比べるとだいぶ常識的な範囲のボリューミーだった。献立もごはんとかお味噌汁とか焼き魚とか卵焼きとか海苔とかの油分少なめ塩分そこそこなザ・宿の朝ごはんといった感じでポイントが高かった。


「ありがとうございました!」


 フィリーの言葉に続けておじぎをする。今回は慌てなかった。淀みなくおじぎできた。私も多少は成長しているようだ。宿の女将さんはまた来てね今度はもっとたくさんごはん用意しとくからねなんて言っていたけど、お気持ちだけで充分です。


 鎌倉市街地にバイクで入った。やはり古都である影響だろうか。道幅は基本的に広くない。しかし二輪なので支障はなかった。やっぱりあらかじめ目をつけていたバイク駐車場に無事バイクを駐車すると、鎌倉観光のスタートだ。


「来ました鎌倉!」


 駐車場からとりあえず鎌倉駅まで移動してきた。バイク移動がメインだと駅はあまり立ち寄らないので逆に新鮮だった。


 西側から見た鎌倉駅は、JRの駅舎と江ノ電の駅舎がぴったりくっついて建っていて、特に江ノ電の方はクラシックな趣の駅舎が印象的だ。


 その駅舎をぐるりと回り込むと、東側に駅お馴染みのロータリーがあり、バスやらタクシーやら観光客がひしめいている――という最中さなかでフィリーは自撮りでカメラ目線で独り言。「すっごい人出ひとでです!」とぐるりと一回転して周りの様子を映している。


 なんでもいいがメチャクチャ目立っていて見物人も出始めているので早く移動しよう。あとカメラ持たせてくれ。そうすれば私が画角に入らなくて済む。頼む。


「それじゃあまずあのおみやを目指しましょうか!」


 フィリーの後姿をフレームに収めながら若宮大路を進む。カメラは本当に持つことになった。なので私がカメラ係。画面に集中していると危険なので、未天みそらに手をつないでもらって誘導してもらっている。


「人多っ!」


 鎌倉駅前よりさらに人が増えている。歩道がいっぱいになって車道にはみ出そうなほどだ。通りには食べ歩きができるような飲食店がたくさんあって、それの行列とかも歩道を圧迫していた。


「桜の時期はさぞ見事なんでしょうね」


 フィリーが道路側に顔を向けて見上げた。それだけでずいぶんと画になっていた。普段はあんななのに。


 若宮大路の真ん中には歩道がある。周りの地面より一段高くなっている歩道だ。歩道には桜が植えられていて並木となっていた。彼女の言う通り、春には桜が咲き乱れるのだろう。


 歩道は上りと下りの車道に挟まれているため中央分離帯っぽくも見える。しかしこの道の成り立ち―― この先にあるお宮への参道 ―― を考えるに、中央の歩道の方が先にあって、後の時代にその両脇に道路ができたのではないだろうか。であれば歩道からすれば別に分離してはいないと抗議されるかもしれない。


 お宮の目の前の交差点にくると人はあふれんばかりに増えていた。信号待ちで立ち止まっているのだが、人が多すぎて横断歩道まではかなりの距離があった。信号が青になって赤に変わるまでの間に渡り切れるか不安になるレベルだ。実際に渡り終わってみると、点滅する青信号がちょうど赤になったタイミングだった。


 巨大な鳥居をくぐって境内に入る。その前に撮影は一旦ストップしていた。その代わりのように未天が写真を撮りまくっている。資料用だろう。


 足元は石畳になっていて、ずっと向こうにある赤い社殿まで真っ直ぐ伸びていた。ライディングブーツの靴底の固さも相まってか、いつもよりコツコツ鳴っているような気がした。


「広いわねぇ。あっ、屋台が出てるわ! 縁日のお祭りみたい!」


 屋台の数は多くない。縁日のお祭りだったらたぶんもっと並んでいるだろう。しかし縁日でもないのに屋台が出ているというのは、この場所の日常的な活気の大きさを端的に表しているポイントのひとつだった。現に周囲にはかなり人がいる。初詣の時とかどうなってしまうんだ。


 石畳をそのまま進み、舞殿の脇を抜け、巨大な石が積み上げられた階段を登ると、ついに本宮に到着した。赤い塗料と幾重いくえにも重なった木材、そして色鮮やかな装飾が施された立派な建物だ。


「こんな大人数の願い事叶えるなんて神様大変すぎないかしら?」


 お参りをする場所では順番待ちが発生していた。なので大人しく待つ。フィリーが大人しくしていたので違和感がすごかった。


「誰が誰だか絶対分からなくなるよねぇ」


「私だったら初めて来た人より、よく来る近所の人の願いから叶える」


 そんな話をしながらお参りする。

 と、フィリーが手を合わせて目を閉じながらうんうん唸っていた。いったい何をそんな真剣に願っているのか。



「顔だけでも覚えていってくださいぃぃ……!」


「……ぷっ、あははは!」



 お笑い芸人かお前は。未天はこらえきれず吹き出していた。そして周りにも聞こえていたのだろう。周囲の人々もクスクス笑っている。ようは目立っていた。


「行くよフィリー」


「ああっ待って! いま俯いてたから顔よく見せられてなかったかも!」


「まぁまぁ、フィリーだったら神様も一発で覚えてくれるんじゃないかな?」


 そういうことにしておこう。良くも悪くも印象的なヤツだし。まだぐずぐず言っているフィリーの右腕を私、左腕を未天でつかんでグレイタイプの宇宙人みたいに連行する。


 石の階段のところまで戻ってくると、行きの時は気が付かなかった景色に気が付いた。まっすぐな若宮大路と、その両側に連なる街々が伸びやかな展望を見せていた。


「わお、素敵な眺め」


 フィリーから急に抵抗が失われた。


「そういえば! 小町通りっていう美味しいお店がたくさん集まったエリアがあるんだったわ。行きましょ!」


 切り替え早すぎだろ。さっきまで引っ張っていたのに今度は引っ張られていた。大石段を転げ落ちそうになりながら、私たちは次の場所へ向かったのだった。





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