第179話 神奈川三浦エリア:というわけで覚悟してね


 飲み物を買いに、と言っても建物から出ることはなかった。宿のラウンジ的なところで自販機が煌々としていた。昼間とは比べ物にならないくらいに外は寒くなっているので、外出する必要もなくて幸いだった。


「ツーリングの幹事におごってあげてもいい」


「わーい。じゃあ炭酸水で」


「ん」


 私も炭酸水を選んだ。同じスペースにあったソファに2人で並んで座って、ボトルを開封する。プシュという音がやけに大きく聞こえた。部屋はオレンジ色で暗めな電灯で照らされていて、雑誌とかを読もうとしたら光量こうりょうはいささか不足か。


 などと考えていると、フィリーがポツリとこぼした。


「メグは訊かないのね」


「?」


「いろいろ。私が何人なにじんなのかとか、そういうの。素朴なこと」


「??」


 よくわからないこと言い始めた。


「みんな訊いてきたんだけどなぁ、2・3ことめくらいには」


「ふぅん」


「メグだけよ、いろいろ訊いてこないの。なんで?」


「そう言われても……逆に何で皆そんなこと訊いてるの」


「気になるからでしょ? あとは話のネタとか? とっつきやすい疑問でそこから会話広げられそうだ……し?」


 と、そこまで推測したフィリーはハッとした様子で声を上げた。


「あぁーっ! まさかメグは気にならないし、ネタを探してまで会話を広げようとも思ってないから……ってこと!?」


 アッサリ答えに辿り着きやがった。まぁさらに言えば彼女が海底人であろうと宇宙人であろうと対応が変わるわけでもないから訊く必要性を感じていないというのもある。納得しただろうか。


「納得いかない!」


「っ」


 フィリーがぐいっと身を乗り出してくる。顔が近い。彼女の体温を強く感じた。驚いて手に持っていたボトルを落としかけた。


「バイクのこととかは訊いてくるくせに! 私には興味ないってこと? 私とバイクどっちが大事なの?」


 何そのめんどくさい彼女ムーヴ。


「バイク」


「ちょっと! そこは私って答えなさいよ」


「前から訊こうと思ってたけど何人なにじん?」


「もう教えなーい♪ その方が気になって私に興味出るでしょ?」


「こんなこと話したくて飲み物買いに行こうなんて言ったの?」


「いーえ! 本題はここからよ」


 フィリーが体を引いてソファに背中を預けた。そして足を組む。最高に体格が良いのでそれだけでも様になっていた。プールサイドでくつろぐセレブを幻視できる。


「今日は楽しかった? ほら、一緒に居る以上は楽しいって思ってもらいたいじゃない?」


 そんな風に考えるのは不毛ではないだろうか。


「メグって全然表情に出ないし。だからさっきのミソラの寝顔とかは、満足そうで安心した」


「……何を楽しいと思うかは人それぞれだし、合わない人とは合わないよ」


「う~ん、そうなんだけどぉ」


「私はほとんどの人と合わない」


「開き直りが過ぎると思うわ」


 大きなため息を吐きながらフィリーは後頭部を掻いた。


「こんなに面倒くさい人間がいるとは思わなかったわ。あなたみたいな」


 心外な。面倒くさくないだろう。適当に静かな部屋でも与えておけば大人しくしているぞ。そういう意味ではフィリーの方が面倒だ。関わりたくない時でもそちらから近づいてくるのだから。


「フィリーが私をどうこうしようと思わなければ、私は面倒くさいヤツではないと思うんだけど」


「出た! その因果のすり替え論法! 言っておくけど、私みたいなのを見かけたらみんな興味を持つし、私に話しかけられたら多かれ少なかれみんな好意的に反応するわよ。そう……メグを除いて!」


「それが不満だとしたら、誰もから関心を得たいって思うフィリーが原因なんじゃないの」


面倒メンドくさい! メグ本当に面倒メンドくさい!」


 ソファの上でジタバタした後、彼女は炭酸水をグイっとあおった。そしてローテーブルにボトルをドンと音を立てて置いた。ジョッキビールを飲み干した大人の仕草に似ていた。ボトルの中で泡が弾ける。



「でも、だからこそ面白い」



 どうしてそうなった。


「ここまで来ると私に関心を示さない人間メグが我慢ならないし、私といて楽しそうじゃない人間メグも我慢ならないわ。すっごく負けた気分!」


 いや別にフィリーの勝ちでいいんだけど。


「何より、どこまでメグの気を引けるか試したくなってきたわ。ほら、底が見えなかったり、風が無くて鏡みたいになってる池とかって、何か起こらないかなぁ~? って岩とか爆弾とか投げ込みたくなるでしょ?」


 その感性はどうかと思うが、言わんとしていることは理解した。


 つまるところ、私は対応を間違えたのだろう。この世にはムキになる人間がいる。彼女を本気で遠ざけたかったら、初めて会った時にテキトーに愛想を見せてやるのが正解だった。それで彼女は満足し、彼女の関心はどこかへ移っていたはずだ……自分が愛想なるものを演出できたかは別として。


「というわけで覚悟してね♪」


 ニコニコしながら肩をポンとされても困る。


「よし! あ~、言いたいこと言ってスッキリしたー! これで安眠できるわ! メグ、部屋に戻りましょ。明日は早起きして渋滞する前の由比ヶ浜沿いの道を走りに行くわよ」


 非常に魅力的な提案だ。その道は渋滞が多いと聞く。心地よく走りたいなら早朝だろう。未天に話してあるのか不安だったが、まあフィリーのことだから未天には何もかも事前に説明してあるだろうか。


 部屋に戻る前にフィリーが炭酸水を飲み干しにかかる。


「ゲッホ!? エッホ、エホ!! ごほっ!」


「……」


 むせてやがる。静まった宿には少々やかましかった。


「はぁ、はぁ……あーびっくりした」


 騒がしいヤツだ。

 フィリーの後ろをついて部屋に戻る。フィリーが私の布団に流れるような所作で入っていったので、。90度に回転した視界の中で、至近距離の彼女と目が合った。


「ちょちょちょちょっと!!!??//////」


 フィリーは慌てた様子で布団から転がり出て行った。顔が赤い。耳まで赤い。吹き飛ばされた掛布団を回収していると、フィリーが「もうっ、メグのバカ!」と捨て台詞を吐いて自分の布団をかぶってしまった。照明を消しても良さそうだ。


 横になって目を閉じる。明日も早い。そしてまたたくさん走る。たくさん走れる。まどろみはすぐに訪れた。その中でおぼろげに思う。


(……楽しくないとは言ってないんだけど)


 そんな思考はすぐに溶けていった。きっと、由比ヶ浜に押し寄せる波に溶けていってしまったのだろう。どこかに流れ着いたりするのかもしれない。




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