第178話 神奈川三浦エリア:2人が言うならそう……なのか?



「おいしかった~! ごちそうさまでした!」


 パンっ、と両手を合わせるフィリー。ニコニコしてご満悦だ。楽しげな様子はお腹のキャパシティも合わせてうらやましいくらいだった。料理は食べ尽くされてるし。女将さんもビックリしていた。


「それじゃあ枕投げを――!」


「しない」


「え~」


「しない」


 部屋に戻って布団を敷く。このあたりはセルフサービスだ。布団で眠るなんて何年ぶりだろうか。抱えあげると、たっぷり干してあるのか太陽の香りがしていた。ちゃぶ台をどかしてできたスペースにそれをボフっと降ろした。


「わ、わたしはこっちで」


「じゃあ私は反対側で!」


 私の布団を挟むようにして未天とフィリーが布団を並べる……なんか布団同士の距離近くない? 部屋にはもうちょっと余裕があるのだが。


「友達とのお泊まりならこれくらい普通よ。たいして仲良いわけでもないのに雑魚寝させられる学校の宿泊訓練とかとは違うわ」


「そ、そうだよメグちゃん、普通だよ!」


 2人が言うならそうなのだろう。


「車間距離は遠いほど良い。布団は近いほど良いって言うじゃない!」


「そうそう!」


 2人が言うならそう……なのか?


 並べた布団にそれぞれ寝転がる。皆が同じように大きく息を吐いた。それがきっかけだった。疲れがズシリと身体からだにのしかかる。


「あー、寝そう」


「わ、わたしも……」


 わたしも。


 このまま寝ても良い気がする。いやダメだった。まだ歯を磨いたりしないといけない。メットのシールドも綺麗にしておきたい。走っていると何だかんだ汚れるし。


「うぅ、ログインボーナスもらわなきゃ……」


「今日撮ったムービーの整理……というかバックアップ……」


 うわ言のようにつぶやきながら、未天とフィリーがのそのそと布団から起き上がる。本当に作業するらしい。鋼の意思か。挙動はゾンビっぽいけど。


「……」


 歯を磨いたりシールドを綺麗にしたり、荷物の整理とかもしたりした。しかしあっというにやることがなくなってしまっていた。あまりにもアレなので、学校の課題の動画(スマホで見れる)もミュートで再生して放置しておく。


 これ、進捗がチェックされていて遅いと「一気見はダメ」と学校から注意されるし、再生中はスマホも使用不能になるのでわりと鬱陶しかった。スマホが無い時代はこんな課題も無かっただろうに。しかし分からない部分の解説を何回でも見直せるという利点はあった。


「メグなにそれ?」


「学校の課題」


「どの教科?」


「英語。リスニング」


「いや、音出しなさいよ」


 フィリーに呆れた顔をされた。お前にだけはそんな顔で見られたくない。


「あ! 私がリスニングのコーチしてあげようか!?」


「遠慮しとく」


「遠慮しなくていいのよ! 心配しないで! 英語の先生もたまに私に発音訊きにきたりするし!」


 えぇ……まぁ、間違ったことを教えまいという熱心な先生なのだろう。


「よしっ、終わった~♪」


 カメラとかハードディスクとかでいろいろやっていたフィリーもひと段落したようだ。諸々を充電器にセットしたら布団に再ダイブしていた。


「……あれ? ミソラ寝てる?」


 言われて見てみると、未天が寝落ちしていた。手に持っていたであろうスマホは畳の上に転がっているし、未天自身はうつ伏せの状態で背中を上下させていた。すぅすぅという寝息が可愛らしい。


「結局何時間ぐらい走ったんだろう。6、7時間くらいかな」


「もうちょっといってるかも。たくさん走ったわ」


 そもそもの集合が朝の5時だ。単純に活動時間も長い。そこから横須賀まで走って、観光して、また走ってという感じだから、相応に疲れも溜まろう。まして、バイクに乗り始めたばかりで、遠出らしい遠出は今日が初めてという未天であれば、その疲労はもっと大きいに決まっている。


 未天に掛け布団を……と思ったらフィリーに先を越された。なので私はスマホを回収して充電器に接続しておく。穏やかな寝顔の未天を見つめるフィリーは満足げな表情を浮かべていた。


 そんな彼女の視線がこちらを向く。そして未天を起こさないようにか、声を潜めて彼女が囁いた。


「メグ、ちょっと飲み物でも買いに行きましょ?」




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