第177話 神奈川三浦エリア:最強に見えた



 「わ♪ ごちそう!」


 畳の広間ひろまに着いたら驚いた。長方形の座卓の上にところせましと料理が並んでいた。メニュー自体はなんというか家庭的なものだ。しかし種類と量が半端ではなかった。


 鍋とかサラダとかお刺身とか焼き魚とか揚げ物とか煮物とか炒め物とか漬物とか果物とかいろいろあるし、どれも巨大な器に山のように盛られている。鍋にいたっては1人に1つある。


 作るのも大変だろうに。いくら家庭的なメニューでも、調理方法が異なる料理を一度に何品目も作るのは相当な労力だ。料理できないので想像でしかないが。


「ご飯とお味噌汁のおかわりはここにありますから」


 さらにご飯とお味噌汁がジャーと鍋で置いてあった。ついでにお茶が入っているピッチャーもある。運動部の合宿か何かか? 少なくとも女子高生3人組に出す量ではない。


「うふふ、足りなかったら言ってくださいね。じゃあごゆっくり♪」


 女将さんが朗らかに言って去った。いやいや、これで足りないとかある???


「はい! ありがとうございます!」


 フィリーが本気で嬉しそうなのが怖い。恐ろしい。マジで。まさかいっぱい食べられる! とか思っているのだろうか? 残しそうとかの心配はないのか? いくらなんでも――ありえないと言いきれないことも恐怖だ。フィリーの底が知れなさすぎる。


「これは実質バイキング方式ね! 美味しそう! ますますお腹が空いてきたわ!」


 フィリーはいそいそと席につく。唖然としていた私と未天もワンテンポ遅れて腰を下ろした。肉厚でふかふかの座布団の座り心地はかなり良い。部屋もストーブが焚かれていて暖かかった。


「ではでは……いただきまーす!」


 フィリーが早速ばくばくと料理を食べ始めた。いやはや、ほんと、うまそうにいやがる。出だしからすさまじいペースだ。喉を詰まらせないと良いが。彼女のペースに合わせるととんでもないことになるのは目に見えているので、私は落ち着いて料理と向き合った。


「いただきます」


 まずはお味噌汁をいただく。油揚げと玉ねぎ、細ネギの入ったシンプルなお味噌汁だ。ダシが効いていて、口に入れた瞬間に旨みとダシの香りが口いっぱいに広がった。


 口の中を潤したら次はごはん。白くてつややかだ。湯気と一緒に立ちのぼる香りが炊き立てのそれだった。少し固めに炊かれているのは私たちが若年だからだろうか。よく噛んで食べられる。お米の味が強く染み出た。そして確信する。ここに並んでいるおかずたちと食べることで、このご飯はさらに美味しくなると。


「目移りしちゃうね。どれもおいしそう」


 と、未天みそら。同意しかない。惜しむらくはこの料理の数々を食べつくすキャパシティが自分のお腹に無いことか。


 目の前にあったカツオのお刺身。刻んだネギと生姜ショウガにほとんど埋もれていた。発掘する気分で刺身を持ち上げると、鮮やかな赤身が姿を見せた。それに醤油を少しつけて口に入れる。ひんやりした舌ざわり。ショウガの香りに引っ張られるようにして、カツオの風味が鼻腔を抜けた。


(うま……)


 フィリーは煮込みハンバーグを肉団子のごとく消費している。なお、器からはハンバーグはいっこうに無くなりそうにない。器の水深が四次元なんとかになってそうだ。


 未天は煮魚をほろほろと食べている。ヒラメかカレイか分からないが、そんな感じの白身魚だ。甘い煮汁の香りがここまで漂ってくる。箸で持ち上げた身は柔らかく光を照り返して、煮込まれ具合をこれでもかとアピールしていた。味がよく染みているだろう。


「どうしようメグ! 食べ過ぎる未来しか見えないわ!」


「メグちゃんどうしよう!? 箸が勝手に動いちゃうんだけど!」


 二人とも楽しそうで何よりだ。

 そのあと私たちは明日の予定とかを話しながら食事を続ける。胃の容量が少ない人間としては、こうして少しずつ色々なものが食べられるスタイルはありがたい。私が食べられなかったものはフィリーが食べてくれるだろう。


 白菜とタラの鍋。スープには白菜の甘みがたっぷり染み出ていて、そのスープを吸ったタラの身は絶妙なフワフワとジューシーの狭間を演出している。小松菜の煮びたし。ダシを吸った小松菜の淡い苦みが口の中をさっぱりとさせてくれる。


(……冬の味覚だ)


 ほかにも鶏のから揚げとかキノコの天ぷらとか肉じゃがなど定番ど真ん中の料理の数々が並んでいて、そのどれもが作ってくれた人、素材を供給してくれた人、そして素材自体に感謝することしかできなくなるものばかりだった。


「っ……うましゅぎる……」


 ぽつりと言ったのはフィリーだった。箸と小皿を持った手が震えていた。そして泣いてた。ジーン……という感動の効果音が聞こえてきそうだ。


 我々の疑問を察してか、フィリーは自分の近くにあった器をこちらに渡してきた。未天と一緒に覗き込む。


「「?」」


 一見して何かは分からない。多くの食材がこの状態にできそうで候補が多すぎるという意味で。


 キツネ色の食材が大根おろしと思しきペーストに埋まっている。キツネ色の食材は大きめに切ったジャガイモとかカブとかの揚げ物に見えた。形も崩れずカドが残っている。大根おろしは天つゆ的な何かで味付けされているようだ。


「食べればわかるわ」


 その通りだろう。私たちはそろって箸を伸ばす。他の料理と同じように口に入れた。これがこの食卓のMVPになるとも知らずに。


「「!」」



 カリッ。ジュワ。



 こんがりとがった表面を噛み破ると、中からアツアツの水分が溢れ出す。ほのかな苦みと、かすかに鼻に抜ける辛み、噛むととろりとつぶれる食感の正体は―― 大根だ。


(……信じられん)


 これが大根だというのか? カリッ、ジュワなどという唐揚げみたいな表現をさせるこの料理が? しかし確かに大根だ。ひと口サイズにカットされた大根が素揚げにされて、味付け大根おろしをまぶされた、文字列にすればシンプルな一品だ。


「三浦半島が本気出してきたんだよこれは! 美味しすぎるよ!」


「そうに違いないわミソラ! 私たちが眺めるだけ眺めて大根ばたけをほとんど素通りしたことに腹を立てた大根が押し寄せてきたんだわ!」


「ど、どうやったら怒りをおさめてくれるの!?」


「決まってるじゃない、食べるのよ! たくさん食べておいしいって言いましょう!」


「おいしい!」


「おいしい!」


 ”まんじゅう怖い”の亜種みたいな2人やり取りはともかく、美味しいのは本当だ。フィリーが震えるのも理解できる。


「……」


 大根と大根おろし。三浦の特産品である大根を、処理方法を変えて組み合わせたもの。この素揚げ大根のおろしえ(仮称)を食べる前の私だったら、なんで同じ素材を組み合わせるんだと思ったことだろう。


 しかし今は―― 大根と大根が合わさり最強に見えた。


「ほんと美味い……無限に食べられそうだよ」


「これからはフライドポテトじゃなくてフライドダイコンの時代かもしれないわね」


 そうこうしているうちに。


 素揚げ大根のおろしえ(仮称)が入っていた器は、瞬く間にからになってしまっていた。出されていた数多の料理の中で、最も早くからになった器だった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る