第173話 神奈川三浦エリア:いちばん端っこを目指したいじゃない?



 空に吹き飛ばされたような気分だ。


『広~い!』


 耳がキーンとしそうな歓声。もちろんフィリーのそれ以外にない。インカムのスピーカーの性能テストでもするつもりかと文句のひとつも言いたくなった。しかし目の前の光景を見れば無理もないと口をつぐんだ。


『すっごい解放感! ずうっと畑! その向こうに海!』


『はぁー、すっごいねぇ』


 坂道を登り切った先。丘陵の上。そこには一面の畑が広がっていた。緑色の葉をした農作物が、土の上に規則正しく植えられていた。地面は傾斜し、波打ち、うねり、緑の海原か、はたまた騙し絵のようにも感じられた。


 ふつっと切れたように見える地面の向こうでは、空と相模湾が青く輝いている。地平線と水平線、その両方をいっぺんに視界に収めたかのような光景が、3人を押しつぶさんとばかりに横たわっていた。


『何の野菜かな?』


『三浦だからアレじゃないかしら、ダイコン!』


『ああっ、確かに』


『後でどこかで買っていきましょ!』


 バイクにダイコン積んでいく気だろうか? ぜったいダイコンの葉っぱがばさばさなると思うのだが。


(……眩しい)


 斜面にあったおかげか、山梨の農道もとても明るかった。

 一方、周囲から高く伸び出て遮るものがないこの丘陵地帯にも、光は潤沢に降り注いでいた。加えてここには海があった。水面がキラキラと揺らめいて太陽光を照り返している。それが実際以上にここを明るく見せていた。人工物の少なさもそれをさらに際立てる。


『ライダーが全然いないのが不思議なだわ』


『フィリー、帰ったらこのあたりの映像もらえないかな? 作画の資料にしたい。遠近感が面白いよ』


『あ、写真とか撮りたかった? 停まる?』


『ううん、ここで停まると迷惑そうだし』


 少し走りを止めて景色を眺めたい気もする。しかしここは農道であって、観光地でもなんでもない。農作業車だってよく通る。そしてさっきから自動車ともけっこうすれ違う。交通量が少なくて信号もないから人によっては実用的なルートなのだろう。


『それに、走り抜けるから良いみたいなところもあると思うんだよね。どんどん周りの見え方が変わって、一瞬で過ぎていっちゃうんだけど、だからこそ面白いしありがたい、みたいな』


『ミソラ……あなた良いこと言うじゃない! 感心しちゃう!』


『え? そ、そうかな?』


『よーし、じゃあ編集して私が先に言ったことにしちゃお!』


 おい。


『えーとたしか、走り抜けるからこそ……なんだっけ?』


 そうこうしている内に、私たちは丘陵地帯を抜けていった。





『でっかい橋!』


 三浦半島と城ヶ島を結んでいるのは巨大な橋だった。とても高い位置に建築されていて、海面とその周囲の街並みは橋から見下ろすような位置にあった。橋の下は大型の貨物船でもくぐれそうだ。


『そこ右』


 フィリーのナビで道を反れる。緩やかなカーブを描く登り坂の先では自動車が数台ほど列を作っていた。公園の駐車場が有料で、支払いの列だ。私たちもそれにならってから駐車場に入った。駐車場ではたくさんのバイクが並んでいて、小柄なエストレヤはやっぱり少し肩身が狭かった。


「ライダーならやっぱりいちばん端っこを目指したいじゃない? これで三浦半島の最南端は制覇よ!」


「……城ヶ島は島だし厳密に言うと三浦半島から離れてるから、三浦半島の最南端は別のところなんじゃないかな?」


「っ……!!?!??」


 フィリーの足が止まり、さらに手持ちのカメラを落とした。未天みそらの指摘がよほどショックだったようだ。そしてよろよろとカメラを拾い上げて黙々と歩き続けたかと思えば、東端にある灯台を背景に自撮りをしつつカメラ目線で言った。


「み、三浦エリアの最南端に来ました! どうですかこの海!」


 そのまま公園内の散策を続け、【馬の背洞門】と呼ばれる海蝕洞穴のある海岸までやってきた。海蝕洞穴とはその字の通り、波によって岩等が削られてできた穴のことだ。目の前のそれは見上げるほどに大きな洞穴で、高さ8メートル、横6メートル、厚さ2メートルほどにもなる。


「”眼鏡の洞門”とも呼ばれたりするらしいけど、ミソラどう? メガネ仲間としては?」


「親近感を感じるね」 


「やー、ミソラのコメントはいつも秀逸で助かるわ。ありがと♪」


 お前さっき未天のコメントでショック受けてなかったか……?


「さて。陽も傾いたし、そろそろ今日の宿に向かいましょうか」


 洞穴を成す大岩は、西日に照らされてオレンジ色に染まっている。穴の向こう側に空と海が見えるが、空はもはや白く、海面でキラキラと散乱する光も火の粉を思わせる色合いになりつつあった。


「美味しいごはんと大きなお風呂が待っているから、お楽しみに!」


 洞門をバックにカメラへウインクするフィリー。本当に楽しそうな彼女を見ているとなんというか、まあ水を差すこともあるまい、という気になるのが少しばかり悔しいところだった。






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