第157話 カラフル、蛍光、色とりどり、賑やか、キラキラ、ルンルン気分。



 2人と別れて帰路に――つかなかった。


 近所の書店に足を運んでいた。フィリーが別れ際に出してきた宿題に取り掛かるためだ。


『行きたいところの目星つけといてね! じゃあまた来週!』


 彼女が残したのはそんな言葉だった。本来であればフィリーの言葉に従ったりしないが、今回は未天と一緒なのでそういうことも必要かとは感じていた。


 山梨の時のような行き当たりばったりの気まぐれツーリングなど、1人だからできたようなものだ。3人で動くのではあればある程度の計画性は求められる。いや、学校以外で団体行動したことがないのでよく分からないが。


 とにかく何が言いたいのかというと、未天と約束していたツーリングにフィリーが便乗してきただけだ。フィリーにいわれずともプランは練っていた……たぶん、おそらく。


(初めて来た)


 この書店には来たことがある。だけど旅行雑誌コーナーに足を踏み入れたのは初めてだった。


(……め、目がチカチカする)


 カラフル、蛍光、色とりどり、賑やか、キラキラ、ルンルン気分。大多数の人々にとって、旅とはこういうものらしい。華やかに演出された表紙や背表紙がずらりと並んでいた。修学旅行が憂鬱だったり、一人で他県を走り回るような人間はあまりお呼びでないことが一目で分かる。


(……そうか、バイクに乗らない人も旅はするのか)


 ライダーの皆さまはご存知だっただろうか。バイクに乗らない人も遠出とおではするらしい。おまけにこの売り場の様子を見る限り、むしろ電車や新幹線、自動車などで旅行する人々の方が圧倒的多数であって、バイクの方が少数派のようだ。自分がバイクに乗るまで遠方えんぽうへ出かけたりしなかったが故の認識の歪みだった。


(ライダーじゃない人はどこに行くのか)


 『横浜』と書かれた冊子を手に取ってみる。聞いたことのある観光地がずらりと並んでいた。赤レンガ倉庫や中華街といった具合だ。行ったことがないと思っていた横浜だが、以前迷い込んだ大黒パーキングエリアは横浜だったらしい。


(……どれだけ違う方向へ走ってたんだ私は)


 自分の所業にドン引きしたが、もう道は間違えない(n回目)ので問題はない。過ぎたことだ。全然気にしていない。些細なこと過ぎて今の今まで忘れていたし。意図的に記憶の隅に追いやり思い出さないようにしていたわけでは決してない。断じて違う。


「ふむ」


 雑誌を閉じる。来週の目的地周辺のガイドブックを適当に選んだあと、バイク雑誌のコーナーも覗いていく。少し前まではエストレヤの特集とかないかな、なんて思っていたが、いつからか生産が終了されたオートバイの現実を知った。ただ仕方がないことも理解できた。


(こういう雑誌を買う日が来るとは)


 ガイドブックの会計を済ませて書店を出る。修学旅行の時すらノープランで臨んだ人間が、旅行雑誌を抱えていた。見る人が見たら驚いてフリーズして手に持っているものを落としたりとかするかもしれない。


 再びエストレヤで走り出す。スタンドに立ち寄って給油したあと、同じお店でタイヤの空気圧を確認した。案の定だが圧は下がっていたのでエアーを入れる。来週末には高速を走ることが分かっているので高めに調整した。


(あとは家に帰ってからチェーンに注油と……ミラーの増し締めと……)


 次々と頭に浮かぶタスク。一方で太陽はもう頭上に浮かんではいない。休日のタイムリミットは近かった。掃除やら洗濯やらの家事をしなくてはならないことも考えると存外に時間は無かった。


 時の流れが早くなった気がするのは、近ごろずいぶんいそあしになった日没のせいではないだろう。日に日に風速を増していくからかぜのせいでももちろんない。


 だけどそんなかぜに、あるいは他の何もかもに急かされるように家に帰った。衣類を回す洗濯機のリズムだけが、ゆっくりでもなく早くもない聞き慣れたリズムだった。


 洗い上がりを待つ間にリビングで旅行雑誌を読んでいると、玄関でガタガタと音がした。弟が帰って来たらしい。リビングの扉が開いて、それと同時にどさりと音がした。顔を上げる。フリーズした弟と、ヤツが手放した買い物袋が床に崩れていた。




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