第158話 神奈川三浦エリア:熱々のコーヒーでカップが満たされていなくてよかった



 約束の日。


 待ち合わせ場所は浜松インターチェンジ手前のコンビニとなっている。磐田市民のフィリーは若干引き返すことになるが、大した距離ではないし浜松在住という設定上こちらの方が好都合らしかった。


(……さむ)


 朝5時を目前とした時刻。空は深い藍色をしている。光源といえば街灯とコンビニの照明、それから早朝だというのに結構な密度で流れていく自動車のヘッドライト。間違っても太陽は出ていない。


(一番乗りだ)


 自宅からすぐそこなので当然といえば当然か。待ち合わせ場所をもっと未天の家の近くにした方が良かったかもしれないと脳裏によぎるが、いまさらなので彼女を信じることにした。それにこれから何時間も走るのだから、心配してはキリがない。


 コンビニでホットコーヒーを購入する。待ち合わせの場所代のつもりでもある。カップから立ち上る湯気は、外気の寒さを強調するように白く濃く立ちのぼる。しかし一方で、強く吹き続けるからかぜのせいであっというに吹き飛ばされ透明になっていった。


(……いい感じだ)


 先日購入したレザージャケット。こちらの期待を裏切らず、上質な着心地と素晴らしい風防性能を発揮していた。風は一切生地を通らず、ジャケットの表面を滑っていくような感覚だ。


 弟から奪っ――借りたミリタリー調のコートと併せると適温というほかなかった。タイトめなサイズのおかげで、弟のコートを上から来ても着膨れ感は無い。実に狙い通りだった。


 コーヒーが半分ほど減った頃、1台のバイクがやってきた 。SR400を駆るグレーのクラシック・フルフェイス・ヘルメットの女性ライダー。メットにはシルバーアッシュのインカムが装着されている。未天みそらだ。


「おはよ~」


「おはよう。まだ夜って感じだけど」


「そうだねぇ真っ暗だし。おかげで寒いよ」


 バイクから降りヘルメットを取る。頭をふるふると揺らしたあと、サイドミラーで前髪を整えてから彼女はこちらに顔を向ける。


「ほんと寒いよ。ヘルメットかぶってた方があったかいかも」


「一利ある」


「コーヒーあったかそうだね。わたしも飲もうかな」


「荷物は見張っておくよ」


 店内に飲み物を買いに行くのであろうとかけた一言。しかし彼女はそうしなかった。


「大丈夫。持ってきてるから」


 SR400の荷台にネットでくくりつけられたバッグ。中から取り出されたのは小さな水筒だ。キュっと音を立ててフタが外れると、中からは柔らかな湯気が上がる。


「用意いいね」


「ん? あー、荷掛けフックのこと? だよねー、これ便利だよ。メーカーさんも気が利くね」


「あ、いやそうじゃなくて、まぁそれもだけど」


 訂正する間もなく未天はふーふーしてから水筒に口を付けた。私がその仕草に目を奪われている間に、彼女は別のところを見ていた。


「あ、フィリーじゃない?」


 またしてもバイクが滑り込んでくる。アメリカン。DS400C。口元に縦のスリットが入ったブラックのクラシック・フルフェイス・ヘルメットをかぶった、厚着の上からでも分かるほどメリハリの効いたボディの女性ライダーが運転している。ヘルメットに取り付けられたサンゴールドのインカムと、それよりもっと輝かしい金色をした髪が目を引く。自分の知る限り、その条件を満たす人間は1人しかいない。


「おはよ!! 寒いわね!!!」


 朝からうるせぇヤツである。太陽のたの字も出ていないのに、周囲が若干……いや公害レベルにまで明るくなったような気がする。


「おはよう」


「おはよ~、今日も元気だねフィリー」


「超元気! めっちゃ楽しみだったもん! 今日の私はいつもとは一味も二味も違うわよ!」


 一味も二味も違うと言われて嫌な予感しかしないのは私だけだろうか。そんなことはないと信じたい。


「ちゃんと時間通り集まったわね! 2人ともエライ!! たぶん今日良いコトあるわ!」


「一番最後に来たヤツが何か言ってる」


「待ち合わせの時間には間に合ってるから問題なし! ていうか先に来たのどっち? コーヒーだいぶ減ってるしメグが先ね? 一番で来るなんてよっぽど楽しみだったのね。やっぱりメグは可愛いわ♪」


 れたて熱々あつあつのコーヒーでカップが満たされていなくて良かった。もしそうだったらこの女の頭とかに誤ってコーヒーをこぼしているところだった。


「さぁそれじゃあ出発するわよ! 先は長いわ! ちなみにもうカメラ回してるのでよろしく! インカムはちゃんと充電してきた?」


 3人でインカムの電源を入れ、ペアリングを開始する。インカムのサイドにある青いランプが明滅を始め、ペアリングの成功を示す。ヘルメットをかぶって顔を見合わせた。



『聞こえる?』


『ひゃっ』『うわっ』



 ……?


『どうしたの』


『……こ、これはちょっと』


『ヤバイわね、コレ……』


『何の話』


『ちょっと待って! 喋らないでメグちゃん!』


『そうよ! ちょっと黙って!』


『え、あの』


 未天とフィリーがこちらに背を向けて顔を寄せる。ひそひそ話スタイルだ。


『ヤバイよ! メグちゃんの声が耳元で聞こえる!』


『ここまでとは思わなかったわ……おまけにステレオだし』


『それ! 耳が幸せで死んじゃうよ!』


 まぁインカムなのでひそひそ話も何も無いわけだが。


『無駄に高音質だしプロモーション大成功しちゃうよ……あれ? この企画の目的もうたっしたんじゃない?』


『マジでその可能性があるわ。いや、達したわ。完!』


 え? いいの? なんて淡い期待を抱いたが、フィリーがカメラを止めないあたり、企画はまだ終わっていないのだろう。


『じゃあ第2部を始めるわよ!』


 もう何でもありだな。




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