第156話 そういう気ままな乗り物
「そういえばブドウ美味しかったわ。ありがとメグ」
「あ、うちも家族で食べさせてもらったよ。ごちそうさまでした」
そんなこともやっていた。都合も聞かずに送り付けた生鮮食品だったが、喜んでもらえたようでなによりだ。
「ブドウで思い出したけど、アレも欲しくなった。スマホホルダー」
スマホホルダー。
言葉の通り、スマホをホールド(保持)するアイテムだ。バイクのハンドルやサイドミラーにホルダーを固定して使用する。シートに座っている時でも少し視線を落とせばいつでもスマホの画面が見られるようになるので、アプリのナビで現在地を確認したい時も素早く確認できる。もちろん運転中の注視や操作はNG。
「いちいち止まってスマホを取り出して確認するのはすごく面倒」
街が複雑な東京だけかと思ったが、道が分からなければ山梨でも一緒だった。果物買える場所も結構探したし。
「むしろまだ持ってなかったの?」
「初心者ライダーだから」
「たぶんミソラですらもう導入してるわよ。ね、ミソラ?」
私よりさらにバイク歴の浅い彼女が持っているとは思えないのだが。
「そうだね。バイク買ったら即取り付けたよ、スマホホルダー」
そ、そんな……。
「ゲームできる機器を感じてないと離脱症状で手が震えてくるから……」
もうちょっとマシな理由はないのだろうか。
「ていうか、山梨行くなら誘ってくれれば良かったのに。そうしたらナビもしてあげられた―― ってメグに言っても無駄よね。その様子だとミソラと行ったっていうわけでもないみたいだし」
よくお分かりで。
「わたしのSRも慣らし運転終わってたからついて行けたんだけどね」
ソロツーの原因を作った要因その1のフィリーはともかく、未天に残念がられてどこぞが痛まないといえば嘘になる。
「昇仙峡に行ったけど駐車場で引き返したんだよね……未天と一緒に見に来ようかなって」
「!!? メ、メメメメグちゃん!? 急に何言ってんの////!?」
「落ち着くのよミソラ。どうせ深い意味も無くテキトーにしゃべってるだけで引き返した理由の9割くらいは混んでたからとかいう超くだらない理由よ」
本当によくお分かりで。
「まー、私も撮影のこととかなーんにも考えず走りたい時とかあるから気持ちは分かるわ。それにバイクってそういうものだし」
「そういうもの?」
未天が首を傾げた。
「走りたい時に走って、行きたいところに行って、帰りたい時に帰る。そういう気ままな乗り物でしょ、バイクって。だからソロツーが好きかマスツーが好きかも本人の自由ってこと」
「なるほどね~」
「さすがフィリー。じゃあインカム案件ツーリングも1人で大丈夫だね」
「1人でインカム使ってどうしろっていうのよ。言っとくけど今回は絶対に逃がさないわ。もし逃げたら地の果てまで追いかけ――あ、そうだ! 逃げるメグを追いかけて無事出会えるかって企画はどうかしら!?」
また始まった。
「愛し合う2人がすれ違い、引き返してみてもそこにあったのは相手のバイクの排ガスの残り香だけ……互いに恋焦がれる2人は無事に、そしてどこで出会えるのか……! ああっ、なんて甘美なの!」
愛し合うとか互いに恋焦がれるとか、前提からおかしいのだが。
「バイクだからこそ発生する本物の”すれ違い”……! 否定的に使われてばかりの排ガスというワードがこの時ばかりは情緒を掻き立ててる……! バイクの排気の臭いは恋が焦がれた匂いだったんだね!」
いや、普通にガソリンとかが燃焼した臭いだと思う。あと排気は有害なので臭いを感じる状況は避けるべきだ。
「エモい……エモいよフィリー! 夜が苦手なバイクはタイムリミットが日没で、美しい夕焼けに胸を打たれながらも迫りくる夜に焦燥感が湧いてきて、そこに会いたい気持ちが重なって、いよいよ追いつかなくなっていく感情が想像できるよひしひしと!」
未天の想像力の豊かさは常々賞賛してきたが、今回ばかりはしたくなかった。
「分かってくれるの、ミソラ!?」
「もちろんだよフィリー! 映画化決定!」
「映画化決定!」
「「いぇーい!」」
仲良くハイタッチ。もう2人で勝手にやってほしい。
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