第144話 山梨:道の駅富士川



 富士川の起点はあっさり見つかった。


ひれえー……)


 道の駅【富士川】にエストレヤを駐車してすたすた歩く。軽い気持ちで歩き出したのは良いが、目指していた土手は思ったよりも遠かった。


 しかし辿り着いてみると、その程度の労力ならおつりがくるくらいに視野が広がり、明るく広大な空間を一層強く感じられた。四方を取り囲む山々は方角によって濃淡を変え、土手や川、橋といった大スパンの地形・構造は遠近感を際立たせている。


(これは富士川じゃないのか……)


 すぐ目の前に水の流れが見えていた。これが富士川……というわけではない。ついでに川を挟んですぐにある堤の向こう側で流れている川も富士川ではない。つまりどういうことかというと。


(富士川はいくつかの川が合流して富士川になるのか)


 視線を右手へスライドさせる。流れを分けていた堤が途切れて無くなっていた。あそこで川——笛吹川と釜無川——が合流して富士川となるらしい。つまり富士川の起点だ。


(長旅だなぁ富士川)


 南の山を眺める。富士川はあの山々を抜けて海に至るのだ。文字通り、流れに身を任せて。水の滴りは岩をも穿つというが、富士川レベルになると山すら穿ったのかもしれない。


 北に顔を向ける。笛吹川や釜無川の流れはあの遠い山々から生まれた。そこから考えると、ここは富士川の起点ではあるものの、水の旅路としては終盤の始まりといったところだろうか。そこらの川とはスケールが違っていた。


 道の駅に戻って建物の中を物色する。

 建物内は売店とレストランで構成されていて、売店の方は地元の農産物の他に土産物などが販売されている。時刻は朝9時を回り、ようやくコンビニ以外で開店しているお店に出会うことができた。


 農産物の販売エリアでは、旬なのかブドウやユズ、柿などがどっさり並んでおり、早くも山梨に来た目的を達成してしまいそうだ。県内を走り回るつもりなので今は買わないが。


(ほうとう……鳥モツ……)


 土産物のコーナーでは、量産型のお土産から山梨ならではのものまで陳列されていた。目に付くのはやはりほうとうや鳥モツだ。鳥モツはレトルトを中心に、ほうとうは調理済みのものから生麵のものまでそろっている。ちなみに鳥モツもほうとうも食べたことが無い。


(……まああいつが欲しがるとしたら生麺の方だろうな)


 レトルトほうとうと生麺ほうとうを見比べて、ちょうど今ごろ目覚めているであろう弟の顔がよぎる。個人的にはレトルト様様で、レトルトの味に不満を持ったことは一度も無い。


 一方で、テキトーに食材を渡しておくと喜々としていい感じに料理して食卓に並べてくれる弟お手製な料理もまた様様だ。帰りに覚えていたら買って行こう。


(小麦まんじゅううまい)


 屋上は展望デッキだった。晴れ渡る空の下、デッキの手すりに肘をつきつつ景色を眺める。周囲の地形がよくわかった。富士川に架かる中部横断道の橋の全容も明らかにできる眺望だった。


 売店で買った小麦まんじゅうは、何も食べずに出かけてきたお腹を満たすのにちょうど良かった。ふんわりとした生地に淡い甘さのつぶあんが優しい。作られてからあまり時間が経っていないのか、それはほのかに温かかった。


「……」


 駐車場を見下ろす。バイク置き場にエストレヤが停まっていた。遠くから見てもその煌めきは際立っていた。


 エストレヤにも屋上からの景色を見せてあげたいが、バイクが建物の屋上まで来ることは難しい。そのせいだろうか。エストレヤも行ける景色の良いところに行きたくなった。山梨は盆地だ。つまり周囲は山に囲まれていて、高いところはたくさんある。景色が良い場所には事欠かないだろう。夜景でも有名だ。


「ごちそうさまでした」


 小麦まんじゅうを飲み込み、ホットの緑茶で喉を潤した。緑茶にもカフェインが含まれているため、居眠り運転予防にはちょうど良い。


「行くか」


 燃料の補給はOKだ。




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