第142話 山梨:早い秋


 【洞門】と書かれた構造物を通過する。


 それはトンネルに似ていた。だがトンネルというと内部は蒲鉾かまぼこみたいな半円状の空洞になっているのに対し、この洞門と呼ばれる構造物の内部は長方形の空洞になっていた。トンネルはその形状からどこからが壁でどこからが天井か分からないが、洞門の方ははっきりとそれが判別できた。


 といっても、これを壁と呼んでよいのかは分からない。左手はたしかにコンクリートの壁なのだが、右手はコンクリートの柱を並べたみたいになっていて、隙間から向こう側の景色を見ることができた。


(なんのためにあるんだ?)


 道路のすぐ隣は川だ。つまり道が山を貫通しているわけではない。トンネルを作る必要性を感じないし、そもそもこれはわざわざ【洞門】と書かれてトンネルと区別されている。いや、ひょっとするとトンネルと洞門は同じ意味なのかもしれない。が、それだとやはり疑問がループした。ここにトンネルを作る意味がない。


(トンネル素人だから分からん)


 浜松にトンネル無いし。亀山トンネル跡くらいだろう。


(音がぐわんぐわんしてる)


 柱が連なっているからだろう。柱があるところと無いところでエンジン音の反響の仕方が変わっていた。


(……明るいのは良いな)


 壁に隙間があることで自然光を内部に取り入れることができている。照明があるにはあるが、ここまで明るいと昼間は役目が無いと思う。照明の数を少なくしたくて洞門が採用されたのかもしれない。


 山道が終わってから道は一気に明るくなっている。それもそのはずで、道の右手に流れている川のおかげで太陽を遮るものがなくなったからだ。


(これも富士川なんだよな)


 にわかには信じがたい。この川が駿河湾に注いでいるだなんて。しかし富士川の河口はこの目で見ている。ここまでずいぶんと高低差の激しい道を通ってきたので、どこをどう流れれば駿河湾まで行けるのかイメージできなかった。水は低きに流れるが、富士川ならどこかで高きに流れているといわれても信じてしまいそうだ。


(さらに北から流れてるんだから驚きだ)


 川はまだまださかのぼることができる。


(富士川の起点ってどのへんなんだろ)


 そういえば天竜川の起点も知らなかった。あれだけ身近にあるのに、存外見落としがあるものらしい。富士川の起点は後で調べて目指してみよう。






(タケノコだ)


 南部町ではタケノコが年中えているようだ。それも道路からでも見つけられるほどデカいやつ。驚くべきことだ。これが竹になったら大人になったかぐや姫だって住めるレベルになるだろう。


(なんてね)


 道の駅とみざわ。

 山梨県は南部町にある道の駅だ。打ち上げロケットみたいに巨大なタケノコのモニュメントが象徴的だ。南部町町役場の真ん前にある。52号線を走るライダーの貴重な休憩地点であり、それは今も変わらないのだが、ここから少し先に最近【道の駅なんぶ】ができたため、人は多少分散するようになったと思われる。


(中は休憩スペースか)


 タケノコの内部は空洞だった。中にはベンチがあるくらい。雨宿りにはちょうど良さそうだ。


(売店とかもあるんだ)

 タケノコ以外にも建物があり、地元の生産物を販売する売店などのようだった。営業してないけど。これも早朝に出発したことによる弊害だ。あまりにも朝早い時間だと、どこへ行ってもお店が空いていない。


 浜松ならコンビニとかファミレスあたりが営業しているだろうけど、この辺りはそれも見当たらなかった。つまり暖房が効いていて寒さから避難できるような場所はなかった。


(自販機ありがてぇ……)


 かじかむ手で財布から小銭を取り出す。指先に触れる小銭は外気と比べて温かいような気がした。2回ほど小銭を落としながら自販機に料金を投入し、ホットコーヒーを購入する。そしてガタンと落ちてきた缶を取り出すと、飲むのではなくとりあえず両手で抱き締めた。指先に少しずつ熱が戻っていくのを感じた。


(太陽もあったけぇ)


 気温は相変わらず低い。しかし太陽の陽射しがあるだけでだいぶ体感温度が上がっていた。浜松と違って風も無い。


(……静か)


 周囲は山に囲まれている。しかし今まで通って来た山道のように崖や谷が迫っているというわけではない。空間は十分にひらけていた。遠くに連なる山々を見通すことができる。山々はにわかに朱に色付き始めていた。近くに視線を落としてみると、はっきりと色付いた木々もぽつぽつとある。


(ここは秋が早いのかな)


 個人的には新鮮な景色だ。山に囲まれている場所は、浜松の市街地周辺に住んでいると縁遠い。四方に山があるロケーションを閉塞感があると感じるのか、あるいは落ち着くと感じるのかは個人差があると思う。


 しかし一つだけ確かなことがある。つまり、淡く朱に色付いた山々と、それに似合いの澄んだ朝の空がおりなすこの景色は、胸いっぱいに吸い込みたいくらいに美しいということだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る