第115話 未天のバイク:自動車学校へ行こう



 帰りの道はスムーズだった。


 首都高で迷わなかったこと。帰省ラッシュの渋滞が上り線に移ったこと。1度通った道を引き返すだけなので、行きと比べて疲労感が少なく、休憩を減らせたことなどが要因だった。ホテルを出発してから最初の休憩は足柄だったので、それだけでずいぶん時間を巻けていた。


 あまりにもスムーズだったのでお土産とかいう概念はとっくに置き去りになっていた。弟からの「おみやげ」という単語メッセージに気が付いたのも足柄サービスエリアで休んでいる時だ。東京はすでにはるか後方だった。


(……荷物になるしなぁ)


 というわけで遠州森町のパーキングエリアに寄ってひよこのマークの静岡銘菓を買って渡した。東京行ってきたんじゃないのかよ……と言われたが、美味しいから良いじゃないか。シャワーを浴びたあとの一休みの時にいただいたが、しっとり甘い蒸しケーキにとろふわミルククリームがたまらない。長時間の運転で疲弊した脳に糖分を与えながら、私は未天にメッセージを送った。




 自動車学校に入校するのは簡単だ。

 手順としては。


 ・ネットや電話で入校手続きに必要な物を調べて用意する。

 ・窓口へ行って入校したい旨を伝える(窓口へ行く日時を前もって電話か何かで伝えておくとなお良い)。

 ・もらった書類に必要事項を記入して提出する。

 ・視力の基準を満たしているか、オートバイの運転に必要な動作を手足ができるかの検査(手を握ったり開いたりできるかといった簡単なもの)を受ける。

 ・教習料を支払う(たいてい、請求書をもらって入校日までに銀行で振り込む。その場で1万円くらいの手付金の支払いを求められる場合もある)。



 ざっくりとこんな感じ。


 健康な高校生なら教習料が用意できれば入校できるだろう。


「すみません。以前ここで免許を取った君影きみかげという者ですが、友人が普通二輪の免許を取りたいそうなので連れてきました」


 受付のお姉さんはこちらのことを覚えていた。なお、「あぁっ、あの君影さんですね」といった具合だ。既にイヤな予感しかしない。そして案の定、教習が終わってからそれほど時間が経っていないこと、例によって女性ライダーは少ないこと、それから――やたら顔の良い教習生がいると話題になっていたとか何とか。お姉さんが言いにくそうに教えてくれた。


 私が技能教習を受けている時、ロビーで待っている教習生のうちの結構な人数がコースを見ていたとか、自動車免許を取りに来ていた教習生が二輪教習に移って良いかと問い合わせてきたりとか。ちなみにほぼ女の子。


「いやいや……」


 ちょっと待ってほしい。じゃあなにか。私がスラロームでコーンを吹き飛ばしたり、坂道発進でエンストしたりしたのもみんな見られていたということだろうか。


(……帰りたくなってきた)


 日常的に死んでいる表情をさらに私が死なせている傍らで、未天は「やっぱりそうなるよねぇ」と納得していた。納得できない。


 気を取り直して手続きを済ませた。卒業生の紹介ということで、未天の教習料には本当に割引が効いていた。卒業生だったりその紹介だったりすると割引があるので、自動車免許もいずれ取得するなら我が校で是非! と私は私でお姉さんに営業されてしまった。浜松は車社会だ。この街で暮らし続けるなら、自動車免許は必須になる。その時はお世話になろう。






 手続きを終わらせて教習所を出る。太陽は傾いて陽射しにはオレンジの光が混じっているが、それでもまだ十分に明るく暑かった。道を行く自動車もライトは点けていない。


 それでも8月も中旬を過ぎた。夏休みもほどなくして終わる。遠くから聞こえるヒグラシの鳴き声は晩夏の足音のようにも思えた――実際は10月の半ばくらいまでは暑さが続くけれど。


「メグちゃん、昨日に続いて今日もありがとう」


「どうってことないよ。私も未天がバイクに興味持ってくれて嬉しいし」


「そういえば、教習中のヘルメットとかブーツって、やっぱりメグちゃんも教習所の借りた?」


「ヘルメットだけは買ったよ。いろんな人が使ったメットを被るのはちょっと抵抗あったし、あとヘルメットは絶対今後も使うから」


「なるほど。わたしもそうしようかな」


「ジェットかフルフェイス、あとシステムもOKかな? じゃないと教習で使えないから気を付けて」


「……一緒にお店に行ってもらって良いですか」


 ジェット・フルフェイス・システムの意味が分からなかったらしい。後日一緒に用品店に行くことにした。


「お盆のイベントが終わると、夏も終わりだなーって感じがするんだ。燃え尽きたっていうか。だけど」


「だけど?」


「今年の夏は、もうちょっと続きそう」


 彼女はふわりとはにかむ。自分には絶対にできないその優しい微笑みが、たまらなく愛おしかった。



「わたしたちの夏はこれからだ! って感じだよ!」


「いや、それ終わるヤツ……」



 夏はまだ終わらない。





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