第109話 東京:このめまぐるしい街に


 カフェで夕食を済ませた後、未天と東京タワーに登った。展望台から眺める夜景は星空めいていて、逆に空の星は見られなかった。


「きれいだね」


「うん」


 足元は眩いほどに煌めている。実際の星空はこんなにも眩くはないので、ひょっとしたらこの景色を夜空に例えるのは不適切なのかもしれない。


 あるいは、私がというもの見たことが無いだけなのだろうか。標高が高くて周囲に人家が少ない、例えば夜の山中湖とかであれば、あるいは夜空は眩いほどに星で埋め尽くされていたりして。


(……いや、あの山道を夜走るのは自殺行為だ)


 ガードレールに突っ込んで転落したと思ったら自分が夜空の星になる未来しか見えなかった。


「そろそろ行こうかメグちゃん」


「え、もう」


 展望台に上がって30分も経っていない。何事かと考えていると、未天が私の背後を見てはすぐに視線を反らしている。不審に思い振り返れば、夜景そっちのけでイチャつくカップルたちの姿があった。それも1組や2組ではない。あまりのイチャつきっぷりに、仮に弟のカップルだったら引っぱたきたいくらいだった。


「……も、もどろうか」


「う、うん」


 そそくさと展望台をあとにする2人。エレベータの中はなんとも言えない空気が流れていた。つい視線が向いてしまった未天の唇からは、すぐに目を反らした。






「じゃあいってらっしゃい。気を付けて」


「いってきます」


 一旦ホテルに戻ったあと、エストレヤを回収するべく出発した。未天にいってらっしゃいと言われるのは不思議な気分だったが、悪い気はしなかった。


 駅に辿り着くまでに迷い、駅の構内でも迷った。地元民の皆様が淀みなく歩を進めるなか、あっちへ行ったりこっちへ行ったり駅に設置されている地図を眺めたりしている小娘は見るからにおのぼりさんだった。


 羽田を目指す。またしても東京モノレールに乗って。モノレールは相変わらず混んでいて、きっと未来の東京でも満員電車は解決できていないんだろうな、なんて思う。


(……すごいな、東京)


 何もかもに圧倒されっぱなしだった。量が違った。密度が違った。速度が違った。ひしめき溢れ出すような物量がめまぐるしく処理される風景がこの街にはあった。憧れが無いと言えば嘘になる。この街にあまねく選択肢の数々は指摘されるまでもなく魅力的だった。


 だけどひとつだけ思うことがある。


(東京ってバイク持っていられるのかな……)


 防犯環境の整った駐車場、その使用料、洗車やメンテナンスをするためのスペース、工具を置いておく場所、装備を置いておく場所、それらにかかる費用・維持費……この街でそんな環境を整えることがいかに困難か、近くのコインパーキングの料金を見てみればわかる。金を出せば解決するならまだ良いかもしれない。そもそもそんな場所さえないのかもしれないのだから。


(ありがたい)


 羽田空港の駐車場まで戻ってきてエストレヤと無事再会する。バイクを落ち着いて駐車できる場所は貴重だ。心配だったヘルメットも特にイタズラされることなくホルダーにかかっていた。フィリーのステッカーも多少は役に立ったのだろうか。


 メットをかぶってエストレヤにまたがる。エンジンをかける。駐車場独特の反響を伴って、爆発音が周囲に広がっていった。


「うん」


 やっぱりこれだ。


 もはや体に染みついたエンジンのリズム。心を最も平穏に導くもののひとつだ。

 そう遠くない将来、自分はどこにいるのだろうか。それすらも分からないのに、東京でバイクを維持することの心配をするなんて、捕らぬたぬきの何とやらにも限度がある。


 一体何を急いでいるのか。もしかしたら夏になって高速に乗り過ぎたのかもしれない。あるいはこのめまぐるしい街に飲まれてしまったのだろうか。それとも、すでに自力で十分なお金を稼ぐことができる2人を見て、柄にもなく焦っているのだろうか。共に佇む相棒エストレヤの魅力は、速く走れることなんかではなく、どこにだって連れていってくれることだというのに。


 精算を済ませて公道に出る。夜だからか周囲の車は減っていた。昼間と比べてずいぶんと走りやすそうだった。




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