第108話 東京:思い出す


 東京タワーの方を目指して歩き出す。


 浜松の中心市街地みたいな、いや、それを遥かに凌駕して都市化した風景がどこまでも続いている。この景色が23区内に延々広がっていると思うと、東京という街の規模の途方も無さが実感できた。


 砂漠に例えられた東京。改めて自分の足で歩いてみた今は、砂漠というより海原という印象を受けていた。無数に押し寄せる人の波、どこまでも敷き詰められたビルの群れ……自分がどこにいるのか瞬く間にわからなくなる。縁もゆかりも無いこの大都会、その数少ないよすがたるは、羽田に駐車しているエストレヤと、隣にいる未天だけだった――そう、まるで大海で見上げる北極星のごとく。


「メグちゃんは東京タワー登ったことある?」


「東京タワーじゃなくて、新しくできた方なら」


 小学校の修学旅行の時に登ったような、ないような。


「わたしも。だからこっちは初めて」


「私とでいいの? 初めての東京タワー」


「メグちゃんとが良いかな」


 冗談で言ったのに。そんなふにゃりとした笑みを浮かべられると言葉に詰まる。ビルの合間を縫って届いた西日が照らし出したせいだろうか。未天の笑顔がやけに眩しく見えた。


「東京タワーを見るたびに未天のこと思い出すようになるかも」


「あはは。わたしも――あ、いや、わ、わたしはお釣りの現金忘れたことを連動して思い出すかも……ははは……」


 彼女は先ほどとは一転、顔を真っ青にしていた。彼女には悪いが、表情がくるくる変わって面白い。


「それにしても、全然信じられないな」


「何が」


 目の前に赤く巨大な門が現れた。赤い門といったら東大の赤門しか知らないが、どうやら違うらしい。未天はく、歴史あるお寺の門だそうだが、結局その門はくぐらずに、お寺と隣接する公園の方に足を踏み入れた。木々がよく茂り、ビルの只中ただなかにいるよりも涼しく感じた。昼間だったらセミの大合唱を浴びることになりそうだ。


「メグちゃんと東京にいるの」


「それはわかる」


 自分もまさかクラスメイトと2人で東京の街を歩くとは思ってもみなかった。もっといえば、1人で歩くとも思っていなかった。


 それはそう、エストレヤと出会うまでは。


「バイクに乗るようになると、そういうことばっかりだよ」


「そうなの?」


「山中湖とかも行ったけど、帰ってきても『今日の昼間は山中湖にいた』ってことも信じられないよ。撮った写真を見てようやくピンとくる感じ」


「しゃ、写真撮っとこうかなぁ……」


 取り出されるスマホ。未天のスマホの画面には東京タワーが映し出されていた。パシャリと音がした後、彼女はスマホを降ろす。しかし、すぐにまたタワーに顔を向けた。


「……」


 タワーはライトアップされて赤く輝き始めている。背景の空は白くなり、東の空では静かに藍がにじんでいた。陽が地平線に沈んだようだ。公園から見上げる数々のビル、そのてっぺんに取り付けられた航空障害灯が呼吸するかのようにゆっくりと明滅する。未天のメガネのレンズがその様子を反射していた。


「未天? どうかした?」


「え? あー、ううん。何でもない。行こ」


「何か食べたいものある?」


「んー……む、そこにお店があるよ」


「カフェっぽい? 夜もやってるのかな」


 夜陰の中でも分かる赤いシートの屋根が軒に連なる店構え。日の暮れた公園の中で、お店の中から柔らかいオレンジの光がこぼれていた。


「メグちゃーん、夜もやってるみたいだよー」


「早っ」


 気が付いたら未天はお店の前にいた。こちらも同じく近づいてみると、焼き立てのパンの良い香りが漂っていた。家具や床などに木材をたくさん用いているらしい店内も良い感じだ。


「ここにしよう」

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