第110話 東京:星の海



 ナイトツーリングは推奨されない。


 とにかく視界が悪いからだ。こちらも周囲を見にくいし、周りからも見落とされやすくなる。つまり事故に遭いやすい。


 同様の理由で白バイすらも夜にはパトロールはしないらしい。日本の公道において最もバイクの扱いに長ける集団が忌避するのだから、暗いというコンディションはそれだけバイクの天敵なのだろう。


 安全面だけの話ではない。良い景色を楽しむのはツーリングの醍醐味の1つだ。醍醐味どころかそれがメインまである。


 ところが夜になると当然、見られる景色は限られる。例えば夜に、今朝新東名で見た天子山地・富士山・愛鷹山のパノラマを拝むのは難しい。つまりバイクの楽しみは半減だ。


 それでもなお存在するナイトツーリングという言葉。


 夜にしか見られない景色も、夜にしか味わえない走りだってあるということだ。


(視界が悪いには悪いけど……)


 東京の街は夜に沈んだ。


 昼間は頭上の太陽に追いやられ身を潜めていた光が顔を出す。空の星々のことではなく、街に灯る電光のことだ。昼の間は特に意識することのなかった街灯とその明かり、遠くのビルのフロアで無機質に光るLED照明、薄暗いはずの高架下は無数に並んだオレンジ色の電灯でそこらの道端より明るかった。空では航空機の明かり点滅していて、海の上にも船に灯る光があった。東京の街は光が氾濫していた。


(涼しい……)


 アスファルトはにわかに熱を湛えている。それでも日中よりずっと涼しかった。首元やジャケットの袖口から吹き抜けていく夜風が心地よい。バイクにまたがっていても汗をかいていなかった。


 何時までに何処まで行かなくてはならない。そういった時間制限も今は無縁だ。道なんていくら間違えたって――いや、間違った道など無いのだ。好きなだけ気まぐれに道を曲がって良い。そのことがライディングに余裕を生んでいた。東京の道を楽しむだけの余裕を。


(いってみるか)


 台場から首都高に入る。登り坂のカーブを昇ればそこはレインボーブリッジだ。

 レインボーブリッジの直線は、行き交う車両のヘッドライトとテールランプ、両サイドの街灯、ライトアップされた吊橋主塔からの反射光による薄明りの中にあった。そのせいか道をずっと先まで見通すことができた。ヘッドライト無しでも走れそうだった。転落防止のフェンスの向こう側には東京の夜景が広がっていた。


 どこに向かうのかもわからない分岐路。何も考えずにハンドルを切る。あるジャンクションで高架の下を通ったかと思えば、また別のジャンクションでは高架の上を乗り越えて合流した。慣れてきて追い越ししようと右側の車線に移った。その矢先、右側から合流してくる車両におののき、しばらくしたら自分が右側車線に合流することになりさらに恐れ慄いた。浜松では合流は基本左からなのに。東京は油断するとすぐにこちらの常識を破壊してきた。


 カーブのたびに光のドット絵が描かれたビルが現れては消えていった。たまにトンネルに入ると、その明るさに思わず目を細めるほどだった。


 光が流れていく。左右に、背後に、燃料タンクの上を、ヘルメットのシールドの上を流れていく。まるで光を追い越しているかのように。そんな光景は夜の首都高を走っている間ずっと続いた。


(……星の海を泳いでるみたいだ)


 さしずめ自分たちは流れ星といったところか。いやしかし、それだと燃え尽きてしまうので縁起でもないな、なんて自嘲した頃、私たちは首都高をあとにしたのだった。




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