第99話 東京:届け



 臨海副都心で首都高湾岸線を降りた。


 そこから先は一般道だった。首都圏に入ってから初めての一般道だ。青い案内看板にどことなく安堵感を覚えていた。浜松からは遠い土地だが、道交法は日本全国一律のはずだ。教習所で得た知識に従い路上を走行した。


「あ」


 何度か道を曲がった先、タクシーでも待っているかのように首を長くした人影があった。人影はこちらを認めるや身を乗り出し、そして目当ての車両だと確信した瞬間、その両手を上げて大きく振った。ハザードを炊き、人影——未天みそらがいる場所に合わせてエストレヤを停車させた。シールドを上げて顔を合わせる。


「ごめん、遅くなった」


「全然! 全然謝ってもらうことなんて無いよ! むしろ本当にありがとう! いやほんと、ありがとうごじゃいましゅぅ……! ありがたやぁ……!」


 両手を合わせて拝むのはマジでやめてくれないだろうか。未天の背後の通行人たちの視線が痛い。


「じゃあこれ。お届け物です」


 後部座席のバッグから取り出したキャッシュケース。施錠できるタイプで、鍵はキーホルダーで取っ手に括り付けられている。これで鍵を忘れていたら笑い話では済まないだろう。揺れで中身が多少ミックスされているかもしれないが、そのあたりはご容赦願いたい。


「感謝してもしきれないよ。このお礼は必ず!」


「今はいいよ。用があるんでしょ」


「あうー、そ、そうだねっ、そうだった。行ってくる! 4時までには終わるからどこかで待ってて! 午後になったらいてくると思うから良かったら来てね! スマホにスペースの場所送っておくから!」


 左手を挙げる。未天はそれで納得したようにうなずいてから走り去っていった。転びそうになっていたのでこちらもヒヤッとさせられた。路上で現金はぶちまけてほしくない。





「……10時か」


 速度計の下についているデジタル時計が時刻を告げる。浜松から東京まで、結局6時間程度かかってしまったことになる。休憩したり車の流れが淀んだり道を間違えたりしたというのもあるが、ずいぶんと時間を食った印象だ。


 しかしナビアプリがはじき出す所要時間は最速で移動した場合、つまり休憩などもしなかった場合の所要時間だ。人間である以上休憩は必要なのだから、ナビの"最短"を最短と思うのがそもそも無理がある。移動距離が長いのならなおのこと。


 正直なところ、未天のブースとやらを見てみたい気持ちはある。彼女がどのようなものを生み出し、どのような場所からこの世を見ているのか。


 彼女の「好き」はどんなものなのか。


 エストレヤを迎るよう最後に私の背中を押したのは彼女だ。私の、自分ですら認識せず、言語にもできなかった気持ちを読み解いてみせた。普段からおどおどしていて挙動不審だが、高すぎる洞察力ゆえに敏感に反応し過ぎているというのが実際のところなのではないだろうか。その高すぎる洞察力から感じ取ったもので作り上げた彼女の作品があるのだ。興味が湧かないわけがない。


(……バイク駐車できる場所なんてあるのか?)


 未天のところへ行くのであれば、とりあえずエストレヤをどこかに駐車しておかなくてはならない。しかし辺りを見回してもバイク駐車場はおろか自動車の駐車場もほとんど見当たらない。


 いやしかし。ここは天下の東京だ。ここには何でもある。逆にここに無かったらどこにも無いまである。バイク駐車場ごときがないわけがない。検索ワードをいろいろ変えつつリサーチした結果、とあるポイントがヒットした。


(羽田空港にバイク駐車場があるのか)


 羽田空港。

 実は大黒PAからここへ来るまでの間に通り過ぎている。その時に見たP1からP4まで番号が振られた巨大な建物群があったが、あれらは丸ごと駐車場となっているらしい。「P」はパーキングのことだった。電車もある。ここまで戻ってくることができそうだ。


(……駐車できますように)


 祈りは届くだろうか。




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