第98話 東京:流れ着く


 大橋ジャンクションでC2ルートへなんとか滑り込む。


 頭上は空から天井へと移り変わり、光源は太陽から人工の照明となった――C2はトンネルの中を通っていた。


 道はループを描いていて、高さがぐんぐん下がっていくのがわかった。ループの半径の割に流れが早く、遠心力とバイクの体勢を必死にバランスさせる。


 太陽の下を走り続けてから久しぶりに入った暗がり。数分走ってようやく視覚が順応してきた。オレンジのライトで照らされた構内は薄暗く、路面に施された赤いペイントも闇に馴染んでいるように見える。


 だけど塗装の厚みは確かにあって、走り抜けた時の感触がアスファルトと赤ペイントの部分とで微かに違った。そんな些細な路面状況の変化でも、カーブでやられるとバイクはスピードを控えめにせざるを得ない。いや、それが狙いなのだろうか。


(あっつ! 暑いじゃなくて熱っ!)


 トンネル内はすさまじい熱気で満ちていた。活気があるという意味ではない。エアコンの暖房を全開にした時のことを思い出させ、トンネル内を反響するゴオオという音もそれっぽい。過剰に暖かい空気でトンネル内が飽和していた。


 服の繊維の隙間から熱い空気がじわじわと浸食してくる。圧力でもかかっているのだろうか。まさか真夏の屋外以上に暑い場所にバイクで足を踏み入れるとは思わなかった。こころなしか視線の先も白く霞みがかっているように見える。


(車の排熱が逃げないから? それとも二酸化炭素の温室効果?)


 サウナサウナと言っていた真夏のライディングだが、このトンネルの熱気に比べればどうということはない。上には上がいるということを全身に刻み込まれていた。いくら走っても日影があるわけでもなく、走行風以外の風が吹くわけでもない。トンネル内が均質に熱を持っていて逃げ場がなかった。


(上り始めた)


 道が上向く。今度はループを描いていなかった。しかし少しずつカーブしている。道の先が次第に明るくなっていき、体にぶつかる空気の温度にができる。


(うっ……)


 眼球の奥が鈍く痛む。排ガスの臭いがしない新鮮な空気が気道を洗っていく。坂道を登り切った時、私たちは青空の下に戻ってきた。

 のだが。


(ど、どっちだ……!?)


 分かれ道。

 片方は「東関東道」もう片方は「横浜」と書かれている。


(湾岸線ってどっち……!? 看板の「B」って湾岸Bayのこと?——って、どっちも「B」って書いてあるんだけど!?)


 後から分かったが、東行きと西行きの違いがあるだけでどちらも湾岸線だ。なのでどちらもBと表示されていて正しい。そして間違っていたのは自分の判断の方。恨むべきは「東」関東道が東行き、横浜は西にあるのだから西行きと察せられなかった自分の勘の悪さだ。そしてビッグサイトを目指している今、進むべきは東関東道の方であったのだが……。


(……こっち!)


 もう後戻りはできない。






「どこだここ……」


 結論から言うと大黒パーキングエリアという場所だ。目的地とは反対方向へ進んでしまっていたらしい。30分ほど走っても目的のICが現れないため、ちょうど現れたPAに避難した形だ。


 ジャンクションの真ん中に設けられたPAで、折り重なったループ状の道路に周囲を取り囲まれていた。


 様々な車両が集まっていて、浜松では見たことも聞いたことも無いようなフォルム・エンジン音の車がずらりと並んでいた。集まり具合からして、バイクで言うところの道の駅どうし的なポジションだと思われる。


 ようはモーター好きたちのたまり場である。あるいは私のように流れ着いたものもいるのだろうか。バイクもけっこう集まっているので、機会があれば訪れてみると良いかもしれない。


(けど今はそんなことをしている場合じゃない……!)


 メットも取らずエンジンも切らず、PA内の路肩にエストレヤを寄せてルートを調べる。道は間違えたが、もう湾岸線には入った。あとは東に進んで目的のICで降りれば目的地はすぐそこだ。未天には「道間違えた。10時ギリギリになりそう。ごめん」とメッセージを送った。返信を確認している暇は無かった。




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