第93話 東京:配達ミッション
もうお盆だなぁ、親戚の集まり行きたくないなぁ、などと考えていた時、そのメッセージがスマホを震わせた。
(未天か……)
バイトの出勤情報の照会か、あるいは自習室へのお誘いか。いずれにせよ親戚との集まりよりは前向きになれる話題だ。スマホの明滅する通知ランプを横目に見つつ課題をキリの良いところまで進めてから、メッセージを確認した。
『助けて!』
「何事かと思ったよ」
『ご、ごめんなさい……でも、あの、ほんと切羽詰まってて……!』
未天は非常に慌てていた。話し始めてすぐはその内容は全く要領を得ず、何を言っているのかほとんど理解できなかった。次第に彼女が落ち着いてきて、おぼろげに分かってきたのは、彼女がいま東京にいて、浜松に何か忘れ物をしたらしいということ。
『無理は百も承知でお願いなんだけど……お、おつり用の現金を届けに来ていただけないでしょうか!?』
つまりこうである。
彼女は明日、東京で開催されるイベントで何かを
しかし今はお盆。現地で現金を用意しようにも、銀行は全て休みで両替機も機能していない。家族は家の用事で動けず、自分で帰ろうにも明日のイベントに間に合う新幹線の座席はすでに埋まっていた、と。
そこで私に白羽の矢が立った。新幹線だけでなく、場合によっては
「ペンネーム【
『自分でつけたペンネームをいま猛烈に後悔しているよ……ああ、でもちょっと笑えるかも、ハハハ……』
たぶん泣いてる。
『お願いします! 新幹線代でも高速代でもガソリン代でも出すしホテル代もバイト代も出すから! 何卒! 何卒! 土下座します! もうしてます!』
「いや、土下座されても見えないから……」
『写真送ります!』
「送らなくていい」
『そ、そんなぁ~、どうしたら届けてくれるの~……!』
「届けないなんて言ってないでしょ。具体的にはどうすればいいの」
『かっ、神様! 神の恵み! いや、神のメグちゃん! ありがとうございます!』
「切っていい?」
『待っで』
詳細を確認する。
目的地は東京ビッグサイト。タイムリミットは明日の午前10時——の開場に間に合うようになので、それよりも前の時間。荷物は数万円分の釣銭用の現金で、硬貨があるためそこそこ重い。現金はいま未天の自宅にあり、まずはこれを回収する必要があった。
「責任は持てない。事故らないとも限らないし、お盆の高速は渋滞する」
『わかってる』
「万が一のためにそっちはそっちで極力お金はくずしておいて」
『もちろんです』
「報酬、期待してる」
『まかせて!』
というわけで、今年のお盆の予定は埋まった。これ幸いだ。親戚との集まりはトンズラできる。憂鬱が一つ減った。未天は非常に申し訳なさそうにしていたが、こちらとしてはちょうど良かった。
(……東京か)
小学校の修学旅行で行って以来だ。新幹線で行ったし、当然ルートなど分からない。もっとも、距離的にルートは高速道路一択だ。東名を通ればよっぽど近くまでほぼ一本道で行ける。首都高速に入ってからの道順はきっちり調べていく必要があるだろう。
(高速走ってあって良かったかも……)
初めて高速に乗り、そのまま首都高も走るとなったら、余裕の無さからくる疲労でろくなツーリングにならなかっただろう。
(まさかこんなに早くまた高速を使うことになるとは……)
エストレヤはのんびりと走るのが似合う。
しかし高速を走れないということはない。性能的にも法律的にも。むしろ有利な面もある。車高が低いので横風の影響を受けにくいし、燃費が良いので長距離移動にも向いている。制限時速120キロの道路だって走れたのだ。
舗装された道なら日本中どこだって走ることができる。首都高もだ。個人的な価値観を持ち出して押し付けるのは、宝の持ち腐れを通り越して愛車に対する冒涜だ。
友人の窮地。ここは存分に頼らせてもらおう。
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