第92話 『ホッカイドウを30分で走破してみた!』
(フィリーの動画が更新されてる……)
晴れればどこかに行ってしまうのがライダーの
理由ならいくつかある。例えば単純に視界が悪いし、夏だとヘッドライトに寄ってきた虫がヘルメットのシールドにストライクして気持ち悪い。冬だと気温が下がって場合によっては道が凍結したりして、走るどころではなくなってしまう。
そんなヤツらがどう夜を過ごすかというと、それは人それぞれだろう。照明のあるガレージを所有しているのなら夜間でもバイクを整備できるかもしれない。昼間ツーリングに出かけたのなら、その時の写真を整理して過ごすのも良いかもしれない。小説サイトでバイク小説を読みふける者もいるだろう。
あるいは、今の私のように動画サイトでバイク動画を見たりしているのか。
(……また荒らされそうな動画だ)
ヤツは本当に懲りない。芸風なのだろう。さすが、検索サイトで『フィリー』と打ち込むと『もしかして:バイク芸人』とサジェストされるだけのことはある。
動画のタイトルは『ホッカイドウを30分で走破してみた!』。もうこの時点でダメな予感しかしない。
動画は眺めの良い高台から街を見下ろすシーンから始まる。
『いい眺めだなぁ……あ、ハローエブリワン。フィリーです』
クソ白々しい挨拶はいつものことだ。
『今日私がどこにいるかというと、ジャン! これを見てわかるかな? 静岡市は日本平の夢テラスです!』
彼女が映し出したのは電波塔だ。主に静岡市内にテレビ電波を送信している。日本平の展望台は、この電波塔を取り囲むように建設されているのだ。
『天気も良くて今日もツーリング日和です。他のライダーさんたちもいっぱいいましたよ。この暑いのに』
この猛暑の中を走り回るライダーは私やフィリーだけではないらしい。暑さと走りを天秤にかければ、普通の人々は暑さの方に傾いて家に居ようとなるだろうに、ライダーはそうはならない。あるいは、その天秤の仕様が人とは違う者たちが、バイクという物に流れ着いてしまうのかもしれない。
『暑いといえば、皆さんは行きますか? 北海道。夏でも快適らしいですし、ライダーなら一度は行きたい土地ですよね。でも問題は……遠いこと!』
北海道は遠い。浜松からだと特に。自走は論外だし、フェリーで行くにしてもフェリー乗り場までがそもそも遠い。最寄りは名古屋だ。しかし名古屋まで行くだけで一仕事だった。
『距離と日数、それから旅費……どれもとても負担ですよね。でも大丈夫! 見つけたんです私! 静岡にホッカイドウ! ここから見えるカナー?』
カメラが静岡市街を映し出す。彼女が何を指してホッカイドウと言っているのか知らないが、絶対ロクでもない何かだと思う。
『このまえ動画の外で三保に超おっきなメンチカツ食べにいったんだけど、その時に見つけたのよね。これはもう動画にするしかないな! ってことで今日は静岡に来てまーす』
つまり新清水のパーキングエリアで会ったあとに見つけたということだ。
そういえばあの後、フィリーから噂の超おっきいメンチカツの画像が送られてきたのだが、本当に巨大だった。サンダルくらいの大きさがありそうだった。あの量を食べ切ったフィリーも大したものだ思えるほどだ。
『じゃあそろそろ行こうかしら』
シーンが展望台から駐車場に跳んだと思ったら、フィリーはドドドドっと走り出す。例によって道路の凹凸を最大限活かした画期的な映像が繰り広げられたあと、彼女は目的地にたどり着く。清水区のとある交差点だ。目の前には静岡清水バイパスの高架がドーンと横たわっている。
『ほら、見えますかアレ。「ホッカイドウ」って書いてあるでしょ?』
編集でズームされた青い案内標識に、フィリーが『ホッカイドウ』と読んだ文字列が書かれている。
『北街道』と。
「(……………………
しかしそのツッコミが動画のフィリーに届くわけはなく、彼女のトークは続く。
『この
いや、いま
『この辺りから駿府城の近くまで伸びる道らしいの。ここを道なりに進むと、駿府城まで行けるんだって。じゃあ早速走破していきましょう!』
そのあと彼女は北街道をのんびり流しつつ雑談を展開していく。雑談の内容は北街道にも北海道にも何ひとつ関係がなかった。そして時折現れる「北街道」と書かれた看板には、ご丁寧に「Kita-kaido」と読みが振られていた。トーク中のフィリーは完全に無視である。
『あ、ここまでみたいですね』
静岡市街地に入ってビルや交通量が増えたと思った頃、フィリーは「江川町」という交差点の看板を見上げて言った。この交差点で北街道は終点のようだ。もう完全に静岡市街地のど真ん中だ。
『いやー本当にあっという間でしたね、ホッカイドウ。やっぱり30分ぐらいでした。早い!』
まだ言ってやがる。
『これからどーしよっかなぁ……あ、駿府城の北側に有名な焼き芋屋さんがあるんだけど、たしか夏はかき氷も売ってて駐車場もあったと思うのであそこに行こっかな。よし、決定♪』
判断が早すぎるあたり確実に下調べ済みだ。
『じゃあ今回はこのへんで! 北海道には行けないけどホッカイドウを走破してみたいなんていうあなた! よかったら
May the delight come your way!
いつものセンテンスが表示されて動画は終わった。次のフィリーの動画に自動ジャンプしそうになったのでキャンセルした。動画の下のコメント欄を見ると、『茶番』『白々しいぞ』『バイク芸人』『真面目にやれ』などといった本気かどうかわからないけど辛辣なコメントが並んでいた。一方私はというと、彼女の動画収入に貢献してしまったことを後悔しつつ、そっとアプリを閉じたのだった。
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