第83話 高速道路:わき見は厳禁


 バイク用品は基本的にお高い。


 というのは、そもそもバイクユーザーが少ないからだ。少ない需要の中で採算を取ろうと思うと単価が高くなるのは必然だ。レザーライディングジャケットに関していえば、皮という高級素材を用い、ジャケットという複雑な形を作り、かつプロテクターを入れるスペースといった特殊な機構も取り込まれているのでなおさらの話。つまり高価であっても適正価格である。


「えぇー、バイトしてるんじゃないの?」


「してる」


「貯金してないの?」


「してる」


 高校生になってから始めたバイトの給料はほとんど死蔵されている。それこそ、ドカンと使ったのはエストレヤを迎えた時の諸々の支出が最初だ。


「他にほしいものでもあるの?」


「衝動買いは抵抗がある」


「宵越しの銭は持たない主義じゃなかったの?」


 私はいつから江戸っ子になったんだ。


「もったいなぁ。メグなんて細身だし、タイトに着こなせばすごく似合うのに。そうしたらもうモテモテよモテモテ。そうだっ! すれ違ったライダーの野郎共が振り返ってそのまま交通違反とかしちゃう『浜名湖のローレライ』を目指してみない!?」


「目指してみない」


 違反させてどうする。


 フィリーを相手にしていても仕方がないので場所を移った。彼女はそのまま後ろをついてきて、私が手に取る商品にあれこれ解説を入れてくる。そのあたりはさすがだなと思う。本当に参考になることもあったし。


(ほんと良さげなものばっかり売ってるなこのお店……)


 このお店に置いてあるものひとつひとつを欲しいか欲しくないかの2択で確認されたら、たぶん2/3以上は欲しいに分類される。だがそれではいくら預金残高があっても足りはしない。そうなると選択肢は限られる。つまり、予算を決めてものを選ぶか、ものを決めて心に折り合いをつけるか、だ。


(……少し頭を冷やそう)


「フィリー、カフェ行ってみない? このお店と同じ会社がやってるんだって」


「行く行く!」


 カフェに向かう私の後ろを楽しそうについてくるフィリーの様子は、やはり人懐っこい大型犬っぽい。わしゃわしゃ撫でたら喜ぶかもしれない。


「アイスコーヒーLサイズで」


 こちらがそんな注文をしている隣で、フィリーは生クリームやチョコレートがたっぷりのカフェモカを注文していた。カップも巨大だし、カロリーがヤバそうだ。


「ん~♪ 美味しい~!」


 窓際のカウンター席に並んで座った。彼女はさっそくカフェモカを飲み(食べ?)はじめ、賑やかなリアクションを見せていた。カメラの前にでもいるかのようだ。一方で私はちまちまとコーヒーをすすった。コーヒーの苦さと冷たさが、体内をさっぱりと引き締めていく。


(おいしい……)


 これでこの本業はバイクギアメーカーだというのだから驚きだ。いやしかし、だからこそバイクとコーヒーの分かちがたさを強く物語っているようにも見える。今こうして自分にうるおいと休む場所と涼しさを与えてくれるコーヒーは、冬になれば今度は温もりをも与えてくれるのだろう。


「メグ、ひと口どう?」


「いいの?」


「その代わりそっちもひと口」


「ブラックだけど」


「一度苦みで口の中をリセットするとこれカフェモカをまたおいしくいただけるわ」


「フィリーがいいならそれで」


 彼女がカップを差し出す。髪を耳元で押さえながら上半身を傾けてストローを咥えた。コーヒーの苦みにチョコレートの風味、それから生クリームのふんわりとした甘さが舌に触れる。濃厚で贅沢な味だった。


「じゃあどうぞ」


「いただきます!」


 うわっ、アイスなのにすごい香り! そんな感嘆を漏らしてからフィリーは、またカフェモカに戻っていく。そして思い出したようにカフェモカと自撮りを始めた……のだが……。


「あ」


「なに」


「『遠州のセイレーン』はどう!?」


「まだいうか」



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