第82話 高速道路:これもまたクラシック
パーキングエリア内にあった有名バイクギアメーカーのショップ。目の前にはそのメーカーのブランドのジャケットがずらりと並んでいた。
(暑さの対策……装備を整える)
色も素材も様々だが、おおむね共通しているのは、背中や胸部、ヒジや肩にプロテクターが入っていること。ばら売りされているプロテクターをひとつずつ揃えるのも手だが、プロテクター入りのジャケットを羽織れば色々と手間が省ける。というより、プロテクターを身に着ける手間を省いて安全にバイクに乗るために、ライディングジャケットは発展してきたのではないかと思う。
(これはレザー。こっちは化学繊維……メッシュ素材もある)
並んでいるのは主に夏用のジャケット。気になるのはやはりメッシュ素材のものだった。
メッシュ素材は生地に細かい隙間があり、空気をよく通す。そのためバイクに乗った時は走行風がジャケットの生地を貫通して、非常に良い風通しを実現する。
一方で雨に降られた場合は、生地はスカスカなので当然水も貫通する。非メッシュ素材の化学繊維ジャケットは多少の水なら平気なので、その点メッシュ素材のジャケットに対して優位性がある。
しかし夏場に何よりも耐え難いのは暑さだ。化繊ジャケットもレザージャケットも、その点はメッシュジャケットには一枚劣る。そのためベンチレーターと呼ばれる換気口が施されていて、暑さ対策されている場合が多い。
レザーは特に風通しは最悪だ。しかし擦過に強いとされているし、なによりその見た目から、夏でもレザーを身に着けたいというライダーもいるらしい。そういったライダーにとって、ベンチレーター付きのレザージャケットは必需品なのだろう。
(……そういえばフィリーもレザーの着てたっけ)
どんなジャケットか思い出そうとした。が、あの自己主張の激しすぎる胸元のせいでなにも思い出せなかった。
「エストレヤなら断然、レザージャケットがオススメ。世界観に合ってるし」
「んー、それは一理あるけど」
春物のジャケットで暑い暑いと騒いでるやつが、夏場に革ジャンを着て無事だとは思えない。
――って!
「フィ、フィリー……?」
「ハァーイ♪」
見覚えのある金髪でグラマラスな女が、陽気にこちらへ手を挙げていた。
「何でいるの?」
「超偶然! いや、これはもしかしたら運命かもっ!」
「いや運命はないでしょ」
「ン゛ーっ!」
どんっと肩に体当たりされる。地味に威力がある。日光で過熱された黒のレザージャケットの熱がジャケット越しに伝わった。
「まぁーここは第2東名を通るライダーなら大体寄るしね。磐田からだと休憩地点にしては近いけど」
それもそうか。第一、自分もここを目的地に走りに来たくらいだし。
「あ、私のファンがいても磐田住みって言わないでね。家バレ防止のために動画じゃ浜松在住ってことになってるから」
なんだそのややこしい設定。
「そんなことより、ジャケット見てるんでしょ?」
「春物のジャケット着てきたけど、暑すぎた」
ジャケットの襟元を持ってぱたぱたする。冷房が効いているからか冷風が頬に当たった。炎天下ではこうはならない。
「それで早速夏ジャケットを見繕ってると。うんうん、順調にライダーになっていってるわね。感心感心!」
彼女は腕を組んで満足げにうなずく。体格が良いのでそのモーションは似合っていた。
「で、どれにするの? レザー? レザーがお好き? 結構。ではますます好きになりますよ!」
「そのセリフ言った人ビニール推しだったような気がするんだけど」
「レザーは最高よ! 丈夫だし、頑丈だし、コケて道路の上を滑っても肌を守ってくれるし、そして何よりカッコイイ! アメリカンだと必須ね」
※個人の感想です。
「クラシックだとなおさら! 最新の近未来なデザインのスポーツバイクだったら、運転手の服装も最新の素材で作られた高機能ジャケットでいいかもしれない。だけどクラシックバイクはそうじゃない。クラシックバイクは、それがまだクラシックと呼ばれていなかった頃からレザージャケットと共にあった。ずっと一緒に歩んできたの。分かる? つまり、レザーもクラシックなの!」
「!」
「そうとくれば、クラシックなバイクにはクラシックであるレザーを合わせるべきだと思わない?」
「なるほど……」
そう考えるともうレザージャケットを買うしか選択肢はないような気がしてくる。正直に言うと気持ちはもうだいぶレザーに傾いていた。まずい、ちょっとジャケットの様子見をしてじっくり作戦を練ろうとしていただけなのに。
「……いや」
しかし踏み止まる。いまこの場で買うなんて結論は出せない。それは好みとか、見た目が合うとか、世界観とかの問題ではなく、もっと物質的な観点によるものだ。
「お値段がなぁ……」
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