第84話 高速道路:全力
「なんかかっこいいバイクあるなーっと思ったら自分のバイクだった、っていうのはライダーあるあるよ」
「いや、ないだろ」
くだらない話がマシンガンのように放たれてくる。逐一ツッコミを入れて叩き落としているこちらの身にもなってほしい。ひたすら供給される話題は会話が途切れて気まずくならなくて良いのだが。
「そう思っていた時期が私にもありました。でも、遠くからでも自分のバイクだったら判別できそうなんだけど、これがどうして一瞬、『む、なんかいい感じのバイクがあるぞ』って思っちゃうのよねぇ」
「何度でもとトキメけると言えば聞こえはいいかもね」
「ひゅー、良いこと言う♪」
脇腹を肘でつつかれる。くすぐったいので同じく肘で押し返した。あとそんなつもりで言ったんじゃない。
「ずいぶんゆっくりしてるけど、どこか行く予定じゃなかったの?」
「あー、富士山に行こうか伊豆に行こうか迷ってて、まあ沼津あたりに行くまでに考えようと思ってたんだけど」
彼女は2杯目のカフェモカをすすっていた。1杯目とは味が違うらしい。コーヒー1杯で粘るのもあれだったので、私はいちごのスムージーを注文していた。素材の味が活きた、ひんやり冷たいスムージーだ。
「けど?」
「もういいかな。メグと会えておしゃべりできたし、今日は楽しんだかなーって」
「そう」
「もー! ちょっと嬉しそうにするとか恥ずかしそうにするとかないの?!」
笑えー、と人の頬を指先でつまんでうにうにしてくるが、表情筋の硬さには自信があった。
「メグはどこに行くつもりだったの?」
「高速走ってみようと思っただけ」
「ふーん、どうだった?」
「振動がヤバイ。料金の支払いが大変」
「ETC無いの?」
「支払いの時にグローブ落として、急いで発進しようとしたらエンストした」
「あるある。私も伊豆縦貫道でやったことある。あそこETC非対応だし」
「らしいね」
「……せっかくだし、清水とかで遊んでいかない?
「ごめん、バイク停めてあるの下り線」
「んあー!」
フィリーはカウンターに突っ伏した。「しぇっかく会えたのに……」とシクシクつぶやいている。
「……それにしても、下り線にいるってことは、清水までは東名かバイパスで来て、52号線から第2東名に入った感じ? じゃあこれから120キロエリアを初体験ね」
その通りだ。これから私は、第2東名の制限速度120キロ区間を走行することになる。時速100キロでびびり散らかしトレーラーの後ろをコバンザメしていたにも関わらずだ。
「エストレヤって120キロ出るの?」
「私に訊かれても知らないわよ。DS400Cなら出るけど」
そりゃそうか。
「ただ、
「やっぱり?」
「だけど、エストレヤみたいな小排気量のバイクじゃないと体験できないことでもあるけどね。いわゆる『エンジンを使い切る』ってやつ。大型バイクだと100キロ以上なんて平気で出るから、スロットル全開にしたら一発で違反だし。公道じゃマシンのスペックを活かしきることは難しいの」
サーキットに通う人々の気持ちが分からなかったが、もしかしたらそういう理由で走っているのかもしれない。愛車がその全力を存分に発揮できる場所を求めて。
「エストレヤの、全力」
そんな文字列、心が躍るに決まっている。
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