第72話 そして地産地消
お店はセルフ方式だった。
トレーを自分で用意して列に並ぶ。まずは天ぷらやらフライやらおにぎりやらが棚に並んでいるので、必要であれば取り皿に取っていく。そのあと窓口で注文したいものを伝え、商品を受け取ったらお会計だ。大手チェーン店とほぼ同じ方式だ。
かけうどん(並)をはじめとして、全ての商品がかなりのお手頃価格となっていた。バイト先のコーヒー1杯分で3回くらいおかわりできる。思わず「
「だよねぇ」
と、
「遠州うどん、卵ありを並で」
はーい! と厨房から返事が返ってくる。厨房のおばちゃんたちは洗練された手つきとコンビネーションで麺をどんぶりに盛り、ダシをかけ、トッピングを済ませ、あっという間に1杯のうどんを仕上げた。未天が会計に移ったら私の番だ。何を頼もうか決めかねていたが。
「お、同じので……」
という感じでコミュ障ムーヴを炸裂させることになった。その後、爆速でどんぶりを差し出されてお会計。
「あ、同じのにしたんだ」
向かい合って座席に座る。そこでようやくどんぶりの中身をよく眺めた。
「……どの辺が遠州?」
「
真っ白でつややかな麺。その上にトッピングされたネギと半熟たまご、それから海苔。
海苔は板状の焼き海苔でも刻み海苔でもなく生だった。おそらく水にさらしてあったものをしぼったものがトッピングされている。焼き海苔のように黒々としてはおらず、海藻らしい深い緑色をしていた。
「なるほど……じゃあ、いただきます」
麺を箸でつまむ。まずはトッピングと絡めずそのままいただく。
「!」
口に入れた瞬間……いやそれよりも前だ。小麦がふわりと香った。小麦粉の袋を開けた時と同じくらいに強く香っていた。ちなみに冷なのにだ。
(うどんって、こんなに小麦の香りしたっけ……)
そのままツルツルと麺をすする。すると一層強い小麦の風味が鼻に抜けていった。光沢のあった麺は滑らかに口の中に入り込んでいき、やがてダシの旨みを舌に伝える。
(……コシが強いけど、固くない)
噛む。しっかりとした歯ごたえがある。しかしグニグニで嚙み切れないわけではなく、小気味よくプチンと噛み砕いていける。もし麺を包丁で切ったら、角が立った綺麗な四角い断面が出来上がるだろう。小麦の味も濃い。
(これが産地直送の力)
またひと口うどんをすする。美味しさは色褪せない。
(今度は海苔と一緒に……)
海苔をほぐして麺にからませる。瑞々しく青々とした海苔が香りを立てた。つるつると口に入れると、これまた海苔の芳醇な香りが口いっぱいに広がった。
(……これが地産地消か)
浜名湖産の生の海苔。目と鼻の先に浜名湖がなければ実現は難しい。地元ならではの贅沢だ。
ネギのシャキシャキとした食感も良い。卵をつぶして麺に絡ませると、さっぱりしていた一杯にコクが加わった。口当たりがしっとりとして、麺の味がよく舌に馴染んだ。
「はっ」
気が付いたら器が空っぽだった。お腹ももう満足していた。かなりの勢いで食べてしまったらしい。一人でびっくりしていると、正面からくすくすと声が聞こえた。未天だ。
「おいしかった?」
「すっごくおいしかった」
「良かった」
がっついていたところを見られたと思うと少し恥ずかしい。
手持ち無沙汰になってしまったので、2人分のお冷を用意した後は、正面に座る彼女の食事風景を眺めて過ごした。
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