第71話 産地直送


 スマホにうどん屋さんの住所を送ってもらったあと、未天とは互いに「じゃあまた後で」と一旦別れた。彼女は自転車でここまで来ているそうなので、あとでうどん屋さんで合流する予定だ。


(……たぶん早く着きすぎるな)


 うどん屋さんはここへ来る途中に通り過ぎたモールの近くにあるようだ。地図を見る限り雄踏線から少し南に入ったところにあるが、ほぼほぼ雄踏線沿いといって遜色ない。


 人力の自転車と、エンジンの付いたオートバイ。移動速度は格段にオートバイの方が上だ。そして幹線道路沿いも同然の場所が目的地なら、すぐに到着できるだろう。もしかしたら店内から駐車場にむかうまでの方が時間がかかるかもしれない。お店に到着しても未天を何分か待つことになるだろう。


(車だったらどこに置いたか分からなくなりそう……)


 そんな客も多いのだろう。モールの駐車場のいたるところにアルファベットの看板が立っている。これを目印にして車の場所を覚えておけと暗に激しく主張していた。もっとも、駐車場が空きぎみで、愛車もバイクなら見つけられなくなることもそうない。むしろ目立っているぐらいだった。


「行くか」


 エンジンを始動して発進。凍えそうなほど冷房が効いていた店内の余韻は一瞬で無くなり、すぐさま灼熱地獄に切り替わった。


(まあすぐに着くし)






 着かなかった。


 とりあえず駐車場から公道に出る場所が悪かった。モールに隣接する雄踏線はいわゆる幹線道路。上り線と下り線の間にはご大層な中央分離帯が造成されていた。つまり右折したいところを左折しかできなかったのだ。いきなり目的地とは反対方向に進まされてしまった。別の駐車場出入口なら右折できたのに。


 そこから上り車線に戻るのが一苦労だった。なんとか向きを変えようとして路地を彷徨さまよい、これまたバカでかいホームセンターの駐車場にいつの間にか迷い込んでいたりもした。そうこうしている間に、順調だったらもう到着していても良さそうなくらいの時間が経過していた。


 上り線に戻れてからも時間がかかった。信号にけっこう捕まってしまった。加えて昼時が近くなり人出も増えてきたのか、車の流れも鈍くなっていた。極めつけはお店に行くために曲がらなくてはならない交差点を見落として通り過ぎたこと。


「ハァっ、ハァっ」


「お、お疲れさまメグちゃん」


 というわけで、お目当てのお店に先に到着していたのは未天だった。お店の前の路上で待っていて、こちらに気が付いたら手を振ってくれた。炎天下だったので悪いことをしたと思う。


「ここがミソラおすすめの……」


「うん。家から近くて安いから割と来るんだ」


 想像していたうどん屋さんとはちょっと違った店構えだった。


 オススメのうどん屋さんというと、和風の店構えに暖簾のれんを揺らしている老舗みたいなのを想像していたが、そんな感じではない。どちらかというと洗練されて機能を追求した飾り気のない、一見すると事務所を思わせるたたずまいをしていた。


(……個性的だ)


 しかしはたと気が付く。


 このお店の個性を支えているのは、どうやらお店の外観だけではないようだ。


(工場が隣にある)


 お店と同じ名前の工場がすぐ隣にあった。建物の外壁を縦横無尽に伸びる配管やダクトが実に工場然としている。そびえる塔屋は穀物タンクだろうか。工場そこで作って、店舗ここで提供しているらしい。産地直送だ―― そんな風景の中にお店はあった。


「そっちにも駐車場あるみたいだよ」


 未天に言われた方の駐車場に回った。お店の前の駐車スペースはほぼ満杯だったからだ。エストレヤをすみっこの方に駐車して、先ほど買ったばかりの帽子を早速かぶる。タグは売っていたお店で外してもらっていた。


「ちょっと混んでるかな」


 未天が先導してお店に入る。「いらっしゃいませー!」と声がかかった。ダシの良い香りが漂っていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る