第68話 目が本気だった



(涼しい……)



 お店の中の冷房は寒いくらいだった。しかしこれからの時間帯は来客も増え、さらにモール内を歩き回ること考えるならこれくらいがちょうど良いのだろう。今の今までかいていた汗が退いていくのがよくわかる。これから人と会うのでありがたい。


(2Fのベンチに座ってる、か)


 スマホに未天からのメッセージが届いていた。そういえばモールのどこで待ち合わせするか決めていなかった。スマホはおろかケータイすらない時代だったらいきなり合流できなかっただろう。


 エスカレータで2Fに上がってふらふらと歩く。吹き抜けの回廊になっている売り場にはベンチがいくつも置いてあった。使用率は60パーセントといったところ。運が悪ければ売り場の端から端まで歩くなぁ……なんて思っていたら。


(いた)


 お目当ての彼女を見つけることができた。建物のどちら側から私が来ても良いように、中央寄りのベンチで待ってくれていたようだ。


「……」


 フリルのついたブラウスは白い生地に淡い燈色ひいろの糸が差してある。膝丈のパンツはシンプルなベージュだ。合皮のショルダーバッグは白が基調だが、バックルや装飾はシルバーで揃えられている。ヒールは低めでベルトが太いサンダルも同じ色合いだ。


 前髪が長い上に普段から俯きがちなせいであまり顔を見られない彼女だが、今日は薄桃色のハンチング帽をかぶっていて余計にその顔を拝みにくかった。


 パステルカラーで統一された私服な彼女は、やはり色素が薄い印象を受ける。ベンチで静かに腰かけている色白な少女の淡く儚げな姿は、妖精や幽霊という言葉を連想させた。


未天ミソラ


 スマートフォンから顔が上がる。こちらを認めるや、嬉しそうな笑顔を浮かべて立ち上がった。


「ごめん、お待たせ」


「大丈夫。わたしもいま来たところだから」


「……」


「? メグちゃん? どうかした?」


 未天が首をかしげる。そんな仕草もそうなのだが。


「あの、すごく可愛い、ね。ミソラ」


「うぇっ!?」


「あといつもよりずっと女の子っぽくて……私には真似できないなって思う」


「な、なななっ」


 色白だからだろうか。顔が赤くなっているのがよくわかる。あ、スマホ落とした。


 こういう反応になるのは予想できていた。だけど賞賛せずにはいられなかった。口からあふれ出た感じだ。きっと口を塞いだら、代わりに背後に『かわいい』とテロップが出ていただろう。


「そそそ、そういうメグちゃんこそっ、きょ、今日もカッコいい!」


「ありがと」


「でもでも! メグちゃんカワイイのも似合うと思う!」


 そうだろうか。自分ではそうは思えない。現に生まれてここまで、可愛いというスタイルを目指した記憶がなかった。


「帽子持ってるんだ」


「メグちゃんの……さ、参考なればなーって思って、かぶってきた」


「ハンチング帽だっけ」


「うん。その……好きなアニメに出てくる、から。あ、本当は赤なんだけどね、私あんまり原色系は似合わなくて」


 似合わないというのはきっと語弊がある。彼女の白い肌と灰色がかった髪にはパステル系が調和し過ぎるのだろう。


「ファッション詳しいほう?」


「あー、うーん……キャラクターの服装とか、かか考えるから、ファッション誌とかは結構、見る、かも……」


「未天先生、本日はよろしくお願いします」


「えぇ!?」


 バイト先で使っている仕草でお辞儀してみる。しかし飾り気のない長袖シャツに七分丈のジーパンそしてスニーカーという自分ではどうにもさまにならなかった。しかし未天をたじろがせることくらいはできた。


「えっと、メグちゃんを着せ替え人形にしていい、って意味……?」


「そ、それは勘弁してください」


 すぐに私がたじろがされていた。





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