第67話 暑さで体がつぶれる方を心配した方が良いのでは



 未天との約束の日。


 梅雨の間にため込んだ晴れをぶちまけるような陽射しが街を焼いている。


(……タイヤ溶けそう)


 信号待ちで熱気を浴びる。日差しとエストレヤの排熱と前後左右にいる車両の排熱と地面からの熱とその他もろもろの熱気だ。


(グリップ力が上がってカーブが安心……なんていうとでも思ったか!)


 タイヤはあたたまるとグリップ力が上がるが、もはやあたたかいというレベルではない。とにかく暑すぎて思考回路もショート寸前の様相だ。


(エアコンほしい……)


 残念ながら密閉されていないバイクでエアコンを導入する意味は無い。そして仮にエアコンが取り付けられたとしても、使用すれば自慢の燃費もバキっと折れてエストレヤのアドバンテージがひとつ失われる。


(……いいなぁ)


 前の方で信号待ちしているスクーター。その運転手の女の子が、スクーターのフロントポケットからボトル飲料を取り出して飲んでいる。この炎天下だ。水分補給は大事だ。マネしたいところだが、しかしマネできない。


(飲み物そんなにスッと取り出せないし、メットもフルフェイスだし)


 女の子のヘルメットはジェットヘルメットだ。顔前のシールドを上げれば汗が拭けるし水も飲める。フルフェイスと比べて防御力に不安があるが、事故さえなければ支障がない。そして覆いが少ない分、いくらか涼しそうだ。


 車列が流れ始める。今日も今日とて六間ろっけん道路は混雑していた。ただし平日の昼間なので出勤ラッシュよりもマシではある。


 走ると熱風に包まれるが無風よりはいいかもしれない。エンジンの排熱が後方に飛ばされていく。だがそれよりも遠鉄の高架下の日陰の方がよほどありがたかった。その日陰エリアも一瞬で通り過ぎてしまったけれど。


 下池川町の交差点で左折し飛竜街道を南下する。市役所前を通り過ぎずっと南進を続けた後に右折して雄踏ゆうとう線にはいった。


 雄踏線は名前のまま、浜名湖東岸にある雄踏エリアに続いている道だ。チェーン店が立ち並んでいて、ともすれば中心市街地よりも賑やかな印象を受ける。本日の目的地である志都呂のモールもこの道沿いにあった。


 商工会議所の横を通り過ぎる。このあたりが伊場いばだ。未天はこの近所から出発しているはずなので、自転車で志都呂まで向かっているのならきっとどこかで追い抜くだろう。前を向くべき視線が、つい路肩や歩道の自転車に吸われてしまっていた。


 右手に大きな建造物が現れる。志都呂のモールと同じ系列のショッピングモールだ。正直これだけでもずいぶん大きいのだが、志都呂の方はこれよりもさらに巨大だそうだから恐ろしい。


 そのまま西進を続ける。広く真っ直ぐな道路の両脇に見慣れたチェーン店が立ち並ぶ、ザ・地方都市な光景の中を抜けていく。量産型な景色で市内にも同様な場所が何か所もあるが、単に生活する分には極めて快適だ。少し歩けばJRの駅もあって中心市街地へのアクセスも良い……そんな環境をじっと眺めていると「私はなぜバイクで走っているんだ?」という疑問がよぎるのでそろそろやめておく。


(……見えた)


 かくして現れる巨大建造物。大海原で巨大客船に出会ったらたぶんきっとこんな感じ。夏の陽射しを受けて輝く巨体は、大地にずしんと腰を据えている。


(駐車場、なんとかなった)


 建物の周りを一回りしてもバイク用の駐車場は見つけられなかった。もしかしたらどこかにあるのかもしれないが、もう探している余裕がなかった。待ち合わせの時間が迫っていたのだ。なので車に混じって平面駐車場の方に行ったら、警備員の人にごく普通に場内に案内された。


 そして平日昼間効果だろうか。駐車場には存外余裕があった。売り場入り口に遠いエリアに至ってはガラガラだ。このあたりならバイクで1区画占有しても反感は買うまい。


「……暑っつ」


 エストレヤから降り、メットを取って思わずこぼす。一刻も早く冷房の効いた建物内に逃げ込みたかった。ヘルメットをロックに掛け、エストレヤのハンドルもロックする。さあ行くか、とエストレヤに背を向けた。


 しかしその直後にまたエストレヤに駆け寄った。サイドミラーを覗き込んで髪を軽く整える。メットを被っていた時間が短いので大したことなかったが、やはり髪は少し潰れているように見えた。



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