第69話 隠しきれない
モールというと人でごった返している印象だが、平日の昼間とあってはそうでもない。むしろスカスカだ。少なくとも密ではなかった。しかし駐車場の車の数と比べると多いように見えるのは、夏休み効果で自分を含めた高校生以下の若年層の姿のためだろうか。
「広いね」
「うん、広い。迷いそう」
「市野のモールはたまに行くけど、未だに迷う」
「メグちゃんち近所の?」
「そうそう」
実は自宅の近所にもモールはある。しかし志都呂を選んだのは、その方が未天が楽だと思ったから。自分は移動手段があるので、なんなら御殿場のアウトレットでも良かった。
「市野は行ったことない、な。磐田は何度か……ある」
「そっちはないかも。私は」
「あ……じゃあ今度、行ってみ、る?」
「私は良いけど……遠くない?」
「いっしょに
などという他愛もない会話を交わしている間に、モールの通路をちんたら歩いて移動する。最初は女性向けのお店にふらりと入って帽子を物色していたが、男性向けのお店の帽子でも別にいいなと気づいてからは男性向けのお店にも入るようになった。男性向けのお店を物色している女子2人は少し浮き気味だったかもしれない。しかし学校でも浮いているのでいまさら気にしない。
「これはどう?」
「持っていくのが大変かな」
麦藁帽だ。大きすぎてバッグとかに入りそうにない。折りたためる材質でもない。どこぞのお金持ちのワンピース姿のご令嬢が避暑地でかぶっているなら様になるかもしれない。浜松で麦藁帽を被っているといえば農作業のおじいちゃんとおばあちゃんだが。
「じゃあこれは?」
「なにこれ」
頭の上にちょこんと乗っかっている何か。いつの間にか未天に装着させられていた。小さいシルクハット、ミニチュアだ。つまり髪飾りの類であって帽子ではない。小さすぎて日よけの効果は一切なかった。もちろんつぶれた髪を隠す効果も。持ち運びにはいいかもしれない。
「これ、わたしのと一緒だ」
未天が取り上げているのはハンチング帽。生地の材質や色は違うが、未天のかぶっている帽子と形は同じだ。試しにかぶってみたところ。
「やめようメグちゃん」
「え」
「カッコよすぎる。死人が出るよ」
「いや、出ないでしょ」
「メグちゃんは分かってない!」
「お、おぅ……」
「これは封印だね」
これ封印しといてくださいと言って店員さんに帽子を渡していたけど、どう見ても店員さんは困っていた。そりゃあそうだろう。
「アウトドアのお店にもけっこうある、みたい」
未天に言われて店に入る。モールの端にあった、売り場面積の広いアウトドアショップだ。そこには棚がまるごと帽子の陳列に使用されているコーナーがあった。
品ぞろえは実用重視だ。思えば、ある程度雑に使う予定なのだから、始めからこういうお店の方が良かったのかもしれない。
「バッグの中でぐしゃっとなっても大丈夫なやつがいい。あとはベースボールキャップじゃない方がいいかな」
ベースボールキャップじゃない方がいいのは、それを見てふとフィリーの顔がよぎったから。何かの巡りあわせでお揃いにでもなったら目も当てられない。有名ウィーチューバーだから下手したら自ブランドのグッズとしてキャップが存在しているだろう。
「……となると」
未天が手に取ったのは、クラウン(頭部を覆う半球状の部分)がたっぷりと膨らんだつば付きの帽子。おそらくはキャスケット帽というやつ。何色かあったが、彼女が2色を持って私と見比べている。
赤と青だ。といっても、赤はえんじ色に近い。青の方は均一ではなかった。テレビの砂嵐を青くしたような感じで、白、水色、深い青が入り混じっている。流氷の空撮写真みたいにも見える。
「こっちかなぁ」
赤を置いて青を両手で持った。それをそのまま私の頭にぽすっとかぶせた。
私の正面から。
「……っ」
彼女はかぶせた流れで帽子のポジションを調整している。深めにかぶせたり、逆に乗せる程度にしてみたり、つばをナナメにしてみたり。
「あの、ミソ、ラ……」
彼女は気が付いていないのだろうか。その、互いの顔がとても近いことに。
「んー?」
あ、これは気が付いていない。ならこちらが平然としていれば問題ないだろう。
いや、しかし、改めてみると未天の顔立ちは綺麗なものだった。こんなにまじまじと見つめる機会は今までなかった。透き通った肌と端正に縁取られたパーツは、新雪が降り積もったら浮かび上がった神秘のようだ。その雪面にふりそそぐ陽射しは春の訪れを予感させ、周囲には花の香りが漂っている。そんな印象だ。現に私は甘い香りに包まれているし、そういえば薄桃色の唇は春の花を思わせた。
「うん、似合うね。……メグちゃん?」
「あ、うん」
「どうかな」
近くに鏡があったので見てみる。
自分の中にすとんと落ちてきた。見慣れているというか、小さいころから使ってきたみたいに馴染んでいた。
鏡の中から未天もこちらを見つめている。2人でミラーに収まっていた。思った以上に距離が近い。鏡の中の彼女は、こちらを見つめて微笑んでいた。
「2人だと店員さんに、あ、あまり話しかけられないね」
「鏡もゆっくり見れる」
「確かに。1人だと
「買ってくるよ」
「え、もうそれでいいの?」
「これが良い」
未天が微かに目を瞠る。だけどすぐにハンチング帽を目深にかぶって表情を隠した。しかし、気恥ずかしげなその笑顔は隠しきれていなかった。
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