第56話 山中湖:しかしライダーとしては模範的な所業
沼津市に入った後に北上を開始した。
沼津市とその周辺はそれはそれで見どころが多いので、そのまま通り過ぎるのは惜しいエリアだった。
沼津は海産物は言わずもがなで、最近は深海がテーマの水族館や高校生アイドルのコンテンツの影響で、首都圏からの観光客を強烈に誘引している。もしかしたらミソラあたりは好きで来ているかもしれない。三島は新幹線の駅もあることから伊豆への玄関口として機能しているし、清水町の柿田川湧水は東洋一とされるほど豊富な湧水量で名前が知られている。他にも見どころを挙げればきりがない。
(芦ノ湖も近い……)
裾野バイパスを北進しながら、右手の山地に目を向ける。あの山の上にあるのが芦ノ湖だ。その芦ノ湖にある観光道路に加えて、少し南に下れば伊豆スカイラインにも足が届く。バイクに乗る身としては興味を引かれる場所だ。
といった具合で、とても1日でまわり切れる名所の量ではなかった。もしこのエリアに手を出すとしたら、そこそこ腰を据えて取り掛かる必要があるだろう。
(でも、しばらくはお預けかな)
季節は梅雨。静岡の梅雨は7月の後半まで続くのが例年だ。七夕なんてあって無いようなものだ。そういう事情もあってか、例えば浜松の鍛冶町で行われる七夕まつりは8月、つまり旧暦準拠で開催されている。それくらい雨が降るということだ。
(今日はたまたま晴れただけ)
明日はどうか分からない。
それにここまで来るのに2時間ほどかかっている。軽い気持ちで何往復もするのは身が持たなそうだ。泊りで訪問するのが理想だろう。
きっと安上がりなのはキャンプだ。初期投資さえクリアできればホテルに泊まるよりずっと安価に済ませることができる。しかし思い浮かぶのは騒がしいあの女の顔。
『キャンプ道具買ったの!? じゃあキャンツーしましょうキャンツー! あ、動画撮って良い!?』
大騒ぎだ。間違いない。想像するだけでだいぶ心にブレーキがかかる。
(当面は日帰りツーリングだ……)
そのために今日も早朝から走り出したのだ。おかげで普段は学校にいるかいないかといった時間帯に、こんなにも遠くにいることができている。山中湖を満喫する余裕は十分にあるだろう。
北上を続ける。
道はひたすら緩やかな登り坂だった。考えれば当然だ。沼津は海辺の街。対して今向かっている御殿場は高原都市だ。そもそもの標高が違い過ぎる。
数十キロにもおよぶ坂道。傾斜はほどほどとはいえ、私を日々苦しめる犬塚坂とは比べ物にならないほど長い登り坂だ。しかしふと路肩に目を向ければ、どこまで行くのか知らないが、まだまだ余裕がありそうな自転車の高校生やロードバイクが目に映る。
エストレヤは無論まだまだ余裕だ。もし自転車だったら汗だくになっていた自信があった――のだが。
(暑い……)
ここへ来て暑い。標高がどんどん上がっているのにもかかわらずだ。
(背中……あっつ……)
北の反対は南。南といえば太陽が横切る方角だ。私はその南に背を向けて走っていた。出発した頃と比べてずいぶんと高くなった太陽が、容赦なく背中に照り付けていたのだった。坂道なので角度的に余計に暑いかもしれない。
(この分だと夏はやばい)
空気を切りながら走るゆえ、一見涼しそうに見えるバイクだ。しかし真夏になれば灼熱地獄であることを、私はゆくゆく身をもって味わうのだった。
そんなこんなで御殿場までたどり着く。標高はあるが涼しくなるほどではなかったらしい。しかし、ここまでくれば山中湖ももう一息だ。
御殿場には静岡県内にしかない某有名ハンバーグレストランの、首都圏からの最寄り店がこの街にあり、休日になるとすさまじい待ち時間を叩き出したりしてニュースになっていたりする。
それから巨大なアウトレットがあり、クラスメイトがそこに行って来たと語っているのを耳にしたことがあった。弟の彼女も行きたいと言っていたような気がする。
(……バイク用品とかあるかな?)
などと思ってしまったのは、女子高生としては少数派な所業だったと思う。
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