第6話 ミソラ:八方塞


「あの、えと」


 崩れ落ちた未天に近づき、顔を見ようと覗き込む。しかし髪の毛で隠れて見えなかった。彼女が床に崩れ落ちたまま言う。


「……そのファイルはわたしのです」


「え?」


「ぞのファイルはわ゛だしのです! がえしてください゛!」


「あ、えと、忘れ物は本人確認証が」


 バン! と差し出されたのは学生証だ。四方未天という記名と彼女の顔写真が張り付けられている。


「あの……これ八方塞はっぽうさいさんていう人の……」


「ウワアアアアアアアアッ!?」


 彼女は奇声を発してバッグの中をあさり始めた。そしてカードサイズの何かを取り出し、土下座の体勢でこちらへ差し出してきた。


「わだぐしごういう者でず……」


 絶対泣いてる。

 恐る恐る手を伸ばし、差し出されたカード……いや、名刺を受け取った。そこにはメールアドレスとツイッターのアカウントと共に、『八方塞』の文字が記載されていた。


「あの……四方さん、これ……」


「もう殺してください……」


 私の勤務時間が終わるまで、彼女は隅っこの席で灰になっていた。





「同人ゲーム?」


 平たく言うと個人というか自主製作のゲームのことだ。オリジナルの場合もあれば、すでにあるマンガやアニメやゲームのキャラクターでゲームを作るいわゆる二次創作の場合もある。


「お願い! 私が同人ゲー作ってるって、みんなには秘密にしておいて! なんでもするから!」


 彼女は両手を合わせてこちらを拝む。神様もこんな勢いで祈られたら困るだろう。


「別に言わないよ」


「お、お金ですか? それとも、かっ、体……!?」


「どっちももらっても困るんだけど」


「お金と体を渡されたら困るの!? じゃあお金と体を渡されたくなかったら秘密にしておいてくださいお願いします!」


 もうむちゃくちゃだ。最終的に脅してるし。


「どういうゲーム作ってるの?」


「よくぞ聞いてくれました!」


 ……。


「舞台は少し未来の日本! ARがすごく発達してて、日常生活にはARが溢れかえってるの! 学校には自分のアバターでも登校できるようになってるんだけど、主人公の女の子はある日、一人の女の子のアバターに出会うの。主人公の女の子はその女の子にひとめぼれしちゃうんだけど、どの教室を探しても見つからないの。そうしてその女の子の行方を探すうちに、学校に現れる幽霊のうわさ話や昔校内で起こった殺人事件の謎に迫っていくことになるファンタジーホラー推理サスペンス百合恋愛アドベンチャーゲーム『ゆらぎのキミへ』、本年12月発売予定! どう、面白そうでしょ!」


「要素詰め込み過ぎじゃない?」


「ヌアアアアアア!!!」


 ガシャーン! と彼女は手で押していた自転車を倒した。


「……やっぱりそう思う?」


「ごちゃごちゃして収拾つかなそう」


「しょ、初見でそれを看破するなんて、さすがは君影さんだね……いまシナリオ無茶苦茶です」


「ていうか自転車起こしたら?」


 彼女はやっとこさ自転車を起こした。見た目通り非力らしい。


「一人で作ってるの?」


「あ、うん」


「すごいね。大変じゃない? 何からなにまで自分でやるなんて」


「うーん」


 彼女は答えに迷った。自転車の車輪がカラカラと鳴って、まるで思考を巡らせる音を聞かせているようだった。


「大変だけど、楽しいから」


 晴れやかに笑う彼女は、お世辞でなくとても魅力的に見えた。


 

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