第5話 ミソラ:ファイル


「いいんです、わ、わたし、カゲ薄いですから……」


「ご、ごめん」


 全体的に色素が薄い子だった。

 ふんわりボブな髪はアッシュグレ-。パーマなのか天然なのか、手櫛で整えただけのような無造作スタイルで、前髪はやや長すぎるような気がした。前髪の隙間から覗く瞳の虹彩は暗いグレーをしていた。


 肌は透き通るように白く、基本日光を浴びない生活をしていることがわかる。体つきを見るに、運動も体育の授業程度なのだろう。引き締まっているというより華奢だった。頭が小さいせいか、メガネが大きすぎるように見えた。


「じゃ、じゃあ帰りますね。また学校で……あ、いや、まあ今まで話したことなかったですケド……」


「こ、こんどお昼でも一緒に」


「ああ、ああ、いいですね、じゃあそういうことで……」


 憔悴しきった微笑みを浮かべたあと、未天は店を出て行った。彼女の後姿がガラス越しに見えなくなるまで、レジから離れることができなかった。「またおこしください」とは言い損ねた。


 気を取り直して仕事に戻る。たった今まで未天が座っていたであろう座席の片づけをしなければならない。コーヒーだけだったので大した量じゃない。さっさと済ませて別の仕事をしなくては。


 台拭きクロスとトレーを持って席に向かう。案の定ボックス席のテーブルにはコーヒーのカップと使い捨てのおしぼりがあるだけだった。トレーにカップとおしぼりを乗せ、テーブルを拭いたあとにメニューを並べる。


「?」


 彼女が座っていたと思しき席の、テーブルをはさんだ反対側の座席に、30mm厚のパイプファイルがぽつんと座っていた。


 あの子のだろうか? 中身を確認してみると……なんだろうか。なにかの設定資料集のようなものの束だった。制服姿の女の子の全身像が描かれた紙がしばらく続き、次は服装のバリエーションや細部の造形のイラストが連なっている。それが数人分。イラスト自体はずいぶんと洗練されたタッチで、素人目にもかなり上手だ。さらにページをめくると、彼女たちが生活しているであろう学校や地域なんかの設定が書かれたページも出てきた。


 なんだコレ。彼女が作ったのだろうか。最初のページに戻ってみると、タイトルらしき文字列と、作者の名前らしき文字列が標示されていた。『ゆらぎのキミへ/八方塞はっぽうさい』。


「ファイル!!」


「!」


 勢いよく店の出入口が開く。息を切らした未天が店内に駆け込んできていた。ずいぶんと急いできたようだ。春先といえど、外の気温はお世辞にも暖かいとは言えないというのに、顔も真っ赤で微かに汗ばんでいる。


「あっ」


 店内を泳いでいた彼女の視線が、ファイルを開いていた私のところで見開かれる。


「あ、あああああああああああああああああっ!?」


 頭を抱えた未天は、そのまま悲鳴を上げて床に崩れ落ちた。





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