第4話 ミソラ:クラスメイト


 移店の打診があって数日後のある日、根上り松の店にヘルプに入っていた。


 店長にどうしてもということで頼まれてしまった。平日夜で客はそれほど多くない時間帯だが、ホールスタッフが確保できなかったそうだ。店同士、人がいないときは融通し合うらしい。時給がそこそこ割り増しになるのと、学校帰りに行ける平日夜のシフトだったので、こちらとしては特に断る理由もなかった。


 根上り松は浜松市街の西にあるエリアだ。市街地の西にあるという点で蜆塚と共通するが、大きな違いがあった。


 どういうことかというと、根上り松は坂をのぼらなくて良いのだ。学校は坂の上にあるので、授業が終わるや、私は自転車にまたがって坂を下って悠々と店に向かった。


 根上り松店の店長は小柄でほわーんとした人で、本当にこの人がこの店を回しているのかと少し心配になった。だがそれは杞憂だったようで、店長は小気味良く仕事を片付けていた。こちらへの指示も的確だ。周りを良く見ている。


「すみ、すみません、お会計、お願いします……」


「あ、はい。ただいま」


 店内BGMにかき消されそうな声だった。作業をしていたら気が付かなかったかもしれない。


「ブレンドコーヒーのみですね。660円です」


 彼女は交通系ICで支払った。出力されたレシートを渡し、彼女が退店するのを待つ。お客さんが出て行く際に「またおこしください」というのがマニュアルだった。

 のだが。


「……?」


 彼女は退店しない。こちらを見たり、すぐに視線を反らしたりしている。

 何か忘れているのだろうか。渡さなければいけない割引券の類があったりしただろうか。レジの周りを確認してみるが、その様子はない。おつりは電子マネー支払いだったからありえない。


「あ、あの」


 恐る恐るといった感じだ。


「君影さん……こ、ここでバイト始めたんで、すか……?」


「え」


 そこで気が付いた。

 彼女は私の通う学校の制服を着ていた。どうやら、彼女はこちらのことを知っているらしい。


「いえ……ヘルプで入っただけなので、今日だけですけど」


「あっ、そ、そうだったんですね……!」


 彼女はパッと顔を明るくさせた。何か安堵していたようだった。私がこの店にいると都合が悪かったのだろうか?


「すごくびっくりしました。急に君影さんがお店にいて、おまけに、て、店員さんだったので」


「そう……ですか?」


「き、君影さん、こういうバイトするんですね。す、すこし意外、かも」


「はぁ」


「……」


 微妙な沈黙が流れる。

 お客さんが少ないので余裕はあるが、特定のお客さんといつまでもしゃべっているのも良くない。誰だか知らないが、早く帰ってくれればいいのに。しかし彼女は一向に帰ろうとしない。


「えっと」


「はい?」


「わ、わたしのこと、って、ご存知じゃない、ですか……?」


「同じ学校の方ですか?」


 彼女は一瞬フリーズした。そして次に動いたと思ったら、激しく背中を猫背にさせてこぼした。


「同じクラスの四方よも未天みそらです……」


 やらかした。






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