第3話 煌めき


「蜆塚……」


 自宅からはそこそこ距離がある。それにあの坂道もある。移動時間が長いということは、時間あたりの収入が下がるということだ。学校帰りの平日夜だけのシフトにすれば、そのあたりも解決できるだろうか。


 あるいはそういう問題ではないかもしれない。とにかくあの坂道が憂鬱だ。あれは体力と気力の両方を削いでいく。夏場なんて朝から汗をかくので最悪だし、冬は悪名高い遠州の空っ風が向かい風で吹いていたりして最悪だ。


 だが逆に考えてはどうか。つまり坂さえ攻略してしまえればいいのかもしれない。幸い今の店長はまともだし、この店に残ったあとにやってくる店長がまともとも限らない。時給を上げてもらえれば、バイトの時間当たりの効率も解決できる。こちらが頼まれた以上、その程度の交渉もできるはずだ。


「坂道……」


 気がつくと自転車店の前にいた。ガラスの向こう側には自転車と、数台のスクーターがおいてあった。スクーターは何の変鉄もない50ccスクーターだ。特に惹かれる点はない。


「……」


 店を離れて自宅にもどる。スマホをつかってあれこれ調べた。

 50ccのバイクは免許もペーパーテストだけで取れるし、本体価格も比較的安い。

 しかしいろいろと制限がある。公道での30キロ制限や二段階右折などだ。予定はないが、二人乗りもできない。


 125cc以下のクラスは50ccにあった速度制限や二段階右折義務もない。二人乗りも可能だ。本体も50ccに毛が生えた程度の金額で購入できる。

 しかし免許取得に実技が必要だし、料金もそこそこかかった。そして中型バイクと比べた時、高速道路などの自動車専用道を通行できないというデメリットがあった。


 中型バイクは排気量400ccまでのバイクを指す。50ccバイクにあったような制限は当然無く、125ccの通行できない自動車専用道も通行可能だ。行動半径が一気に広がる。また250ccであれば点検は必要だが車検はないため、維持費を抑えられる。

 その代わり免許の取得に際しては結構な費用がかかるし、時間もかかった。本体価格も高いし、なにより125cc以下のバイクと比べると保険料が高くなる。125cc以下なら年数万で済むが、中型バイクだと十数万だ。年齢が若いとなお高い。


 大型バイクの免許は高校生では取得できないそうだ。


「金食い虫……」


 スマホを捨ててベッドに倒れる。天井の照明が眩しくて目を閉じた。



 あのオートバイが目蓋の裏に浮かび上がる。



 どこか懐古調の、しかし長い時を経て洗練され、もはやジャンルとして確立していろせない造形は見事だった。何かに見惚れるなんて体験は初めてだったのだ。

「……」


 囲炉裏の残り火。


 川底で輝く砂金。


 あるいは夜空に煌めく星。


 あれはそんな佇まいをまとっていた。決して華美ではない、しかし風格ある造形から滲み出る上質さがそう見せるのだろう。


 目を開ける。照明は眩し過ぎた。リモコンでスイッチを切ると、部屋は闇に沈んだ。スマホの充電光が、ホタルのように淡く光る。


(……眠れない)


 目を閉じてもダメだった。


(目蓋に浮かぶ……)


 あの美しきオートバイが。


(……煌めいてる)



 星のように。





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