第5話 ここに
「堀くん、明日は仕事だっけ?」
「そうだよ。」
静かにメロンソーダを飲んでいる。
さわは甘いものが大好きだ。
ここにさわがいることに安心感というか幸せを感じているのは言うまでもない。
「ふふっこのバニラアイスすごくおいしいよ?食べる?」
無邪気な笑顔でスプーンを差し出してくる。俺の行きつけのレトロな喫茶店で、コーヒーを勧めたかったのに、迷いなくメロンソーダを頼むあたり、さわらしかった。
俺はバニラアイスを断り、さわは残念そうに、おいしいのになあと言った。
気まずい。会話が続かない。俺はこういったときに気の利いた話題もできずにただ無表情で黙りこくっていた。さわは感情とか表情が豊かで、どんな時でも笑って怒って泣く。騒がしいんだが、見ていると可愛かった。
それが2ヶ月後の今となっては、さわも喋らないものだから2人してずっと黙ってしまっている。まだここにさわがいることが少し違和感がありつつ、別れた後もこうして会うことができたことに、懐かしさと嬉しさを感じていた。
復讐をする。そう決めた。なのに、さわの涙を見たら、お互い辛い思いを抱えていたのかもしれないと思った。
「なあ…その…引き止めて悪かった。」
泣いて走っている彼女を全力でひきとめて、話すことを決めていなかった。
「…忘れられない。でも、忘れなきゃ行けない。」
さわはポツっと呟く。
「寂しくても。」
「…俺といても、別に楽しくなかっただろ。」
全然話さないし笑わないし、お前と違ってオシャレでもないし。
「…楽しくはなかったけど。」
…別にいいけど、はっきり言いやがって。
「私を愛してくれてるのは分かってたわ。」
ふわふわした髪の毛が俯くとカールもへたって見える。顔の下のパーカーがまだ見慣れない。
「ぬんさんは…恋人よ。…好きなの。」
「…良かったじゃねえか。」
俺の代わりが見つかってよ。
「ちがうの。ぬんさんが、私を、好きなの。」
「…は?」
「私も…好き…なのかな、多分。」
「そんな感情もどきで付き合ってるのか。」
思わず食い気味に言ってしまう。
「いいの、私いつも感情の塊みたいに生きてたから、静かに蓋できるくらいがちょうどいいの。」
「さわがいいならいい。」
カッコつけてるつもりだが、内心怒っている。俺の時みたいに感情すら動かない相手と付き合っていることに驚いているし、後悔するだろうからやめたほうがいい。
「お前…そんなやつだと思わなかったわ。」
さわはすぐ涙目になる。
さわは自分に自信が無い。
さわは怒られることに慣れていない。親が優しすぎるからだ。
友達も優しすぎるからだ。
それはあの男より知ってる。
だから、だからこそ、だ。
「堀くんは、私といて、幸せだった?」
「もちろん。」
「あ、ありがと…答えにくい質問してごめん…。」
お礼と謝罪を同時にするのはすごいと思った。こいつの語彙力というか文のセンスに驚く。
「じゃあ…幸せだったことは、幸せだったって、忘れなきゃ行けないね。」
踏ん切りがついた顔をする。
「行くねっ。」
女のくせにお会計を持って店を出る。
今度こそ俺は引き止められなくて下を俯く。せめて1000円渡してやればよかった。
ここにはもうさわはいない。これからももう来ない。
そういう日々に、慣れていかなくてはいけない。
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