第3話 デート〜後編〜

まだ手を繋いで歩いている。

夕方になっていた。どこからかなんの虫かわからないが切なそうに鳴いている。今日一日30メートル先くらいで様子を見ていたが、俺の事に全然気づくことなく、2人は仲良さそうだ。

「ぬんさん、今日もありがとう。」

そういえばレンタル彼女だったとしたら、知り合いだったら気まずさ満点、ということに朝は気づかなかった。その可能性はほぼ潰された。

「こちらこそありがとう。」

相変わらずぬんさんとやらはニヤニヤしている。男のくせにヘラヘラするな。

「それじゃあ…また来週の飲みで話そうね。」

照れくさそうに2人で見つめあって、人がそこそこには行き交う地元の駅の出口にいる。おでこを軽く擦り寄せるようにあいつが男の懐に入る。このヘラヘラ野郎は、あいつのことを、あらあらくっついてきて可愛いみたいな感じで扱い、ぎゅっと抱き寄せる。

やめろ気持ち悪い。そんなに抱きしめたら痛いだろうが。あいつは意外と華奢なんだよ。大事に扱え。

「ぬんさん…苦しいよ〜。」

そう言いつつ嬉しそうに笑顔を見せる。お前もヘラヘラするな。そんな冴えない男にヘラヘラしてて悲しくならないのか、なるよな?

2人は少しの間目を見つめ合い、人が少ないからって軽くキスをした。


俺はなぜだか見てはいけないものを見てしまった気がして、急いで顔を伏せる。

見てはいけないし、見たくなかったし、さらに言えばあの男の立ち位置が本来自分だったと思うと無性に気持ちの行き場が分からず、その場で瞳孔が振動を立てる。

もう確信に変わってしまった。あの2人は恋人で、今から会うのが楽しみでSNSで惚気けるほど仲良くて、離れる時は、来週会うのを楽しみに色々頑張っていこうとしている間柄。俺の時とは幸せの加減とか、笑顔の多さ…いわゆる幸せ度数、みたいなものが1桁違うことに気がついた。

あいつは裏駅側で、男は別の駅が自宅付近らしい。ここでバイバイをするようだった。

俺は持っていたキャップを目深に被りそそくさとその場を去る。視線の位置的に自分が見つかりそうだった。裏駅側に出ようとすると靴の紐が解けていたのか、踏んでコケそうになる。それを女子高生がクスッと笑う。

「やだ、あーちゃん、笑っちゃダメだよ。」

「ごめんっ…だってちょっとあれは…。」

この女子高生は、人が転びそうになると無性に笑えてきてしまうタイプらしい。しかし、もうそれもどうでもよくなるくらい速く帰りたくて、家にこもりたくて、たまらなかった。


「…あの、大丈夫ですか?」

俺がダラダラと汗をかいて靴も結び直さず我先へ我先へ歩いて行く様子に心配して声をかけてくれる。


…!


「だ、大丈夫です…。」

声を少し変えてみるが、声優でもないのに無理がある。早足で早足で歩く。女を振り切るようにする。女はスニーカーのため食らいついてくる。顔が見えないからといって、気づく様子もなく、純粋に心配をしてくる。茶色のふわふわした髪の毛が視界の先で揺れる。元陸上部のこの女は、元帰宅部の俺に向かって、いつまでもいつまでも着いてくる。いい加減気づけって。

俺も一日つけ回っていたツケが回ってきて、疲れてしまい、ついに足を止める。

「あのなあ!元彼くらい、顔が見えなくても覚えてろよ!!俺はな、靴紐なんかよりお前が、お前が…。」

あいつはびっくりしたように目を見開く。本当に今気づいたのかよ…。

疲れていると途中で話すのが大変で黙ってしまう。

「ご、ごめん…。まさかあなたって気が付かなくて…。あ、汗かいてたし、く、靴も…解けてたし…。」

必死に悪気がないことを伝えようとしている。夕日はこいつを哀愁ただようように染めて、俺の怒る気をうせさせようとする。

そうすると、俺もこいつもそのあとはよくバイバイをした裏駅側で黙りこくってしまった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る