第2曲 包み隠さぬ心

<心を奪われてしまった少女>


その賑やかな会場の中、視線と視線がつながる。


あの人だ…私の愛しいあの人だ…視線がぶつかって体に熱がこもるのを女性は感じていた。ワイングラスの中の泡がまるで彼との思い出をひとつひとつ思い出させるように上へと登る。しかし、話しかけはしない。話しかけられない。話しかけてはならない…


あの娘か…男性は仲間内の会話をしてる際に話し相手の肩越しに見かけてしまった。ああ、話の内容が全く入ってこないな…男性は愛想笑いを適当に打ちながらテーブルからサンドイッチを手に取った。緑のレタスがふいに思い返させる…


その日、彼女はライトグリーンのワンピースを着ていた。ああ、よく覚えている。鮮明にね…あれは何年前だっけな。ちょっと昔、僕はいきなり彼女に話しかけられた。勿論彼女のことは田舎では噂でそれはそれはとても可憐な美女として知っていたし、しかし彼女が通うことになる学校の教師であった私にはただの噂にすぎなかった。しかし彼女は訪ねてきた。それも私しか居残っていなかった夜の教授室に、だ。彼女の選択する授業に私はいなかった。接点は全くなかった。しかし彼女は扉を丁寧に閉めてから薄暗い部屋の中に入って口を開いた。


「先生、夜分にごめんなさい…どうしても会いたかったのです…先生の奥さん、カロリーヌさんは、実は私の異母のお姉さんなんです…実は2人の結婚式にも出席したことがあるんですよ。そして、姉さんと会うときは決まって貴方のことを話すのです。あなたがいかに優しくて男前で…いろんなお話を、私たちにしてくれるの…。」


ここまで一気に話すと今度は難しそうな顔をして、黙り込んでは口を開こうと試すのだった。そこで私は口を割ることにした。


「そうだったんだね。確かに結婚式に子供は幾人かいたなぁ。あまりに人が多くていろんな人とご挨拶していたから、君がいたことを僕は正直覚えているというと嘘つきになってしまう。けれど、そうか。君はカロリーヌの姪っ子なのか。どうりで顔立ちが少し似てる気がしてきた。いや、似ているなぁ。特に目や鼻が似てると思う。…そうかぁカロリーヌと話すこともあったんだね。僕のことも話題に上がる?それは、なんとも光栄だね。君は大層つまらないだろう。そんなおばさんの夫の話を聞かされてもね。でも聞いてあげたんだね?感謝を伝えなくっちゃな。ありがとう。」


そういうと、彼女はさらに目を伏せがちにして呟いた。やっぱり優しい、と。

少しその呟きには危険な香りがした。私はこの手には、少し感知能力が人一倍強いようだ。どうやら彼女は僕に変な気を起こしているのではないかと思ったのだ。


なら、どうする?姪とあってはなおさらだ。僕はコートを着た。

「寒くなってきたね…門まで送るよ。何か話があるならそこまで歩きながらにしよう。夜が暗くなるしね。」


すると彼女は泣き出した。嗚咽が漏れる。

そうして、涙が地面に落ちた。


その涙がとても大粒だということに、伏せた彼女の顔を注視すべきだったし、泣いてしまってからというもの、僕は慌てて心臓が激しく動き出す。どうした?僕がどうしたっていうんだ?!何があった、、、?


「急に…ごめん…なさい…。」泣きながら、しかし冷静な話具合だ。


「先生は本当に優しいです。いろんな話を聞いてきました。姉さんが病気の時だって看病を熱心にしたり…お金に困った時だって、時間がない中仕事を増やして、先生は疲れていてもそんな姿を見せずに毎日学校に来る。私、先生の授業はとってないけれど、その時先生は日常の話を生徒によく話してるでしょ?毎回ひっそり潜り込んで授業を受けてました…ずっと見てて。もっと知りたくて…でも我慢ができなくなってしまったの…私は明日、この街を出ます…体が弱いんです…手術がようやく決まったのに、成功率は思ったより少ないし、、、」

ようやく彼女はふっと微笑んだ。私は唖然として聞いて、言葉を出すことすら躊躇われた。

「こんなこと、おばさんに申し訳ないことはわかってる。でも、おばさんのせいだもの…先生…許してください。どうか私にご慈悲を…。」

彼女は近寄ってきた。

私はカロリーヌのことが頭をかすった。


しかし姪っ子の真実を知った後、頼みを拒むことも許可することもできずに、立ち尽くしてしまった。そんな私の唇に重なった潤いは気持ちがこもっていて、なんだか切なくなって同情という顔を私は仮面としてつけることを選んだ。


彼女のワンピースを脱がすことに時間はかからなかったし、僕のネクタイとシャツをじれったく解く細い手がもたらす時間はアレを立たせるのに十分だった。そして僕らはゆっくりと交わる。


細くて繊細な彼女の髪の毛は、とても美しかった。

若かったカロリーヌの艶やかな体が、目の前にあるようだった。私は、もはや誰を抱いているのかすら曖昧で、カロリーヌなのか姪っ子なのか、幻想なのか、もう考えないようにした。


よがる彼女は、愛おしかった。

今まで頑張ってきた何かのご褒美のようでもあった。


その後、僕は優しく彼女を門まで見送り、仕事場へ戻ったが手につかない状態に苛つき、仕事を切り上げて家に帰ったことを覚えている。


あの娘がいるということは、手術は見事成功したのか。良かった。されど、僕に話しかけに来ないのは妻への懺悔のつもりなのだろう。大人になったんだな。僕は内心安心している。


あの人はもう目をそらしてしまった。私たちの過去を思い返してくれただろうか。私はきっと忘れない。けれど、もうあなたを思い続けることはない。おばさんに誓って。

しかしあの日のことは…

今でも感謝しています、と伝わりますように…



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